ある男の独り言




見つめていた いつだって




お前は知らないだろう。俺が見ていたことなど。
今このときでさえお前のことしか見えていないことなど。
血反吐を吐いて、腹を裂かれて、眼を抉られて
もはや四肢の存在など知れようはずもなく
耳障りな風の音が己の吐く息だと気づいたのはつい先ほどのこ
とだ。
こんなときにさえ思考は平静に働く。
『あぁ、もう長くないのだな』
それはお前、本来ならば他人にむけて云う台詞だ。
だのに俺は己に向かって死期を知らせる。
けれどお前、これは幸福なことなのだ。
痛みもなく、苦しみもなく、悲しみもなく
ただ静かに眠りにつくような安心感。人のぬくもりに包まれて
いるような安堵感。
それらに胸暖めながら俺はいく。


なぁお前、お前は今でさえ知らぬのだろうな。
俺がただひたすらにお前だけを見つめてきたこと。
知らぬのだろうな。これからも知ることなどないのだろうな。
なぁお前、もし俺が栄誉だと思うなら、もし俺が哀れだと思う
なら、一筋の泪さえ流してくれるか。
お前の視界を掠めたかも知れぬ俺を思い出してくれるか。




俺はお前だけを見てきたのだ。





  終

2005/02/10  耶斗