[掌]



 光差す道で、貴方は待っている。

「カカシさん」
 呼ばれて、目に映る地面に己が俯いて歩いていたことを知る。
 頭を持ち上げようとして、重くて。首が少し、痛んだ。
「なんですか、イルカさん」
 背中も、どうやら痛むらしい。もどかしい微かな痛みに、猫背であることを自覚する。
 カカシと呼ばれた男は、額宛に隠されていない右目を細めて。覆面に隠された唇で笑んだ。
 それは夕暮れ、黄金色の世界の中優しく、穏やかで。
 けれどイルカは困ったように、寂しげな顔で微笑んで。
「手、繋ぎませんか」
 筆を握るだけになった、内勤の掌を差し出した。
 それに僅か面食らったような目をして、ぴくりと眉を持ち上げたカカシは、戸惑うように定まらない視線をイルカに向けて、問いかけるように首を傾げた。
「だから、手。繋ぎましょう?」
 ゆるりと誘う掌は白く、白いから暮れなずむ夕陽の、届かない天上の色に染まる。
「触れては‥いけません」
 思うよりか細い声が覆面の薄い布地を震わせた。唇にあたる被布の感触を確かく認識する。唇は渇いていた。
 身を引くように肩をすぼめさえするのに、イルカは手を差し出したまま。
 浄土の色に染まる掌で招くまま。
「俺は、貴方の手には触れられません」
 イルカは唇の微笑を深めて、短い間だけ小首傾げて目を閉じた。
――――あぁ、菩薩
「俺 は 」

 光差す道で待つ貴方。

 敬服するような気持ちで
 畏怖するような気持ちで
 敬愛するような気持ちで

 貴方へ届かぬこの場から
 貴方を見つめていたいと思うのです。


「カカシさん‥、俺は、貴方に近づくことは許されないのですか‥」

 イルカの苦悶するような細い声が、確かくその耳に入ったとして
 カカシは確かくその意味を、その声を、その音律を
 理解することはできないのだ。

――――貴方は神

 カカシの眼に、光背にして立つ彼は
 翳に塗られて容も朧の彼は

 人にあらず





行き過ぎた寵愛
2005/12/27 耶斗