ススキの揺れる中で君が笑う




夕暮れだ。赤が迫る世界の中心で金色の髪を朱に染めた少年
が指の先、ススキの穂を撫ぜながら野を歩く。
遠ざかっていく背中は紅に包まれ、侵食され、打ち消されよ
うとしている。

それは錯覚だ。

けれど、目を射んほどの眩しさとふいに襲った視界の揺らぎ
にネジは眼を閉じた。




 □  □  □




何処に行きたい?
という問いに彼は空色の目を輝かせて、『オレ前から行って
みたいとこあったんだってば!』と寝転がって何の気なく雑
誌を捲っていた身体を勢い良く起こした。
発端は、そう、誕生日。


『次の休みはお前の誕生日だな。何処か行きたい所はあるか?』
久方ぶりの逢瀬の場所は物が雑多に広がる、己の部屋とは正
反対の、生活味溢れる暖かな空間。そこの主の寝そべるベッ
ドに背をあずけて、ネジも冊子を捲くっていた。小難しい文
字の羅列する。
定休などない己らだから、任務を詰めて詰めてなんとかもぎ
取った予定にはなかった次の完全休日。だから少しのわがま
まくらいは聞いてやれる、とむしろそれを期待してネジは訊
ねた。無茶は言うが、我儘は言わない彼だから。ネジはそれ
が少し寂しくもあったから。

だから、打った鐘のように直に応えた彼に期待を、幾ばくか
の不安も混ぜて抱いたのだけれど 
何処に行きたいんだ?と訊いたネジに返された言葉は楽しげ
に弾んだ
『秘密―』
だった。







少しの遠出。
秘境というほど隠れてもいないが、名所というほど知られて
もいない。
「イルカ先生が教えてくれたんだってば」
以前、任務についた折見つけた場所なのだという。人も殆ど
知らない穴場。
あの人好きのする笑顔がトレードマークの教師が薦めた理由
は其処のに着いてから分かった。

「すっげーーーー!」
きれい!と叫んでナルトは駆け出した。なると、と呼び止め
ようとしたネジは手を上げかけて、止めた。まさか迷子にな
ることもあるまい。感情を素直に表し、それに倣うのはナル
トの特質で、短所にもなるが長所でもある。だからネジは呆
れたように、けれど胸が和むのを感じながら息を吐いてそれ
を見守ることにしたのだ。


芒の原だった。なるほどこの時期この光景は確かに好い。多
年草とは云ってもその真価を発揮するのは秋だろう。夕暮れ
時ならなお好い。
ナルトが『昼ぐらいに出て丁度良いって言ってたってばよ。』
と、早めに家をでようと誘ったネジに首を振ったのも頷ける。
彼方にあるはずの夕陽が、空を覆わんばかりに融け崩れ、山
々の間に沈もうとしている。その鮮烈な紅に融けながら揺れ
ているススキの様は胸に迫るものがある。
心を揺れ動かされる。
ナルトは思わず駆け出したくなったのだろうが、ネジは足を
動かせなくなった。動けば消える。いや、醒める。夢見るよ
うな心地に酔っていたかった。

前を見やれば、肩から上だけで存在する愛し人。己の視線に
気付いたのか、偶々重なっただけなのか、振り向いた彼は大
きく手を振った。それに軽く手を上げることで応えて、ネジ
は目を細める。唐突に光が眩しいものだと思い出したためだ。
朱に染まった子供は腕を広げて、芒の穂らを抱きこむように
崩れるように溶けていく紅に向かって駆けていく。
強烈な光の存在を直視することなどできないというのに、彼
は構う様子もなく進んでいく。
ナルト、とネジは呼んだけれど、それは呟きに近く正しく遠
くの人間を呼ぶものではなかった。
そうして襲った眩暈に彼は目を閉じた。







「ネージ」
はっと気付けば、視界一杯の蒼。
「どしたんだってば?ぼうっとして」
「いや‥」
確かに呆けていたらしい。覗き込まれるほどの距離にこられ
ても消してもいない気配にネジは気付いていなかった。
「ナルト、それは?」
言って、ネジが目で示したのは彼の右手。
それに握られている箒草。
「ススキ!」
見りゃ分かる。
「部屋に飾るんだってば」
秋だし。と肩をすくめながら笑って、ナルトは空いているほ
うの手でネジの右手をとった。
そしてそのまま彼をススキの海へ導く。
陽はもう殆ど飲み込まれていて、宵闇が背後に迫っている。
穂が肩を撫ぜた。
「陽が沈む瞬間みようぜ」
手を繋いだまま一歩先を行くナルトにネジは引かれて行く態
だ。だからナルトは笑いかけるのにも振り返る。
「ナルト」
「ん?」
前に顔をもどしたナルトの朱に染まる項に目が眩む。
それを手の内の確かな感触を強く握りこむことで留めて
「誕生日、おめでとう。」
「来年も、再来年も。その次の年もこうして過ごそう。」
「ネジ?」
「お前と共に在りたい。」
もとより朱に染められていた耳がそれよりも紅く染まって、
振り向かないままの彼の顔を想像しネジはくすりと唇を綻ば
せた。手の中の体温もすこしだけ高くなる。
「おめでとう。ナルト」
ありがとう。
生まれてきてくれて、ありがとう。
「‥うん‥」
俯いたナルトはか細く、けれど明朗に応えた。


帰ったら、
ススキを飾って、御馳走を作る時間はないだろうけれどそれ
なりのものを作って、買って置いたケーキを食べよう。

喰われようと、溶けようと、消えようとするだろう背を
けれど見失うまい。



繋いだ手に誓う。







 終


遅ればせながら。
ナルト!おめでとう!!(誕生日、とは言えない)


20041011  耶斗
20041205 改稿