眠り唄 朝の気配に自然と持ち上がった瞼の先で、己の腕を枕に眠る人間の穏やかな貌をみる。 慣れてしまった己の心中はこの場合とるべき行動を起させない。 人が眠って後布団の中に侵入する彼は既に馴染みのものだから。 「仕事が‥」 それも二度寝で諦めよう。 ネジはことりと持ち上げかけた頭を枕へ沈めた。 緑の木々の間から差し込む陽光に斑に彩られ眠る彼の眼がゆるりと開く。 頭の芯がぼやけたような奇妙な倦怠感とともに目が覚めた。 「何やらおかしな夢を見ていた気がするが‥気のせいか‥」 寝起きの掠れた声で、誰へともなしに呟いてみる。今見ている空が現実のものか己へ確認させるためのものだったかもしれない。 全く何も覚えていない。夢と現の別がつかない既視感の違和感。 ネジは寝乱れた髪を手櫛で梳きつつ片肘ついて身体を擡げた。と、ずしりと腹にかかる重みがある。 大方の当たりをつけて視線を落とせば、予想通り、見慣れた頭の形があった。 「ナルト‥」 呆れるように名を呼びながら深々と息を吐くと、同時に黄金の頭が沈み込む。そして安堵する。あぁ、現実だと。 「ナルト‥」 今度は優しく、眠りを妨げぬよう囁くように彼を呼んで、柔らかにはねる金糸へ指を通す。陽光を受けてそれは透き通り、鮮やかに光を照り返す。枝葉に遮られながら頬にあたる陽の温もりよりも掌に感じる温もりこそが現世の証明だと、彼は朗らかに目を細めた。 何時から居たのだろう。気取ることもできなかった。それほどに眠りは深かったのだろうか。それとも油断していたのだろうか。あるいは、もはや己の警戒網にかからない程彼は許された存在になっているのか。 くっと喉の奥で哂って、ネジは唇を皮肉に歪めた。 問い直すまでもない。もはや彼は己にとって長よりも貴いのだ。 胸の奥でけぶる漠としたものを覚えながら、ネジは再びのまどろみを呼ぶ為身を横たえた。 目蓋を閉じれば向こう、緑に透けた日の光が眼を包んだ。 腹の重みは身じろぎもせず、安らかに寝息を立てている。 冷たい滴に目を開けば、それが陰鬱とした空から垂れる雨だと知った。 ぬかるんだ泥に埋もれて眠っていたらしい。否、正確には意識を失っていたようだ。頭皮にまで泥が浸み込んでしまったように頭は重く、首を僅か動かすことにも筋が軋んだ。 そして、目の端に泥水を吸って薄汚れた、元は黄金色だったろうそれが掠めた。 半ば、目の端を泥濘に沈めるようにして顔を回らせば、覚えのある、今はぺったりと張り付いてしまった細い髪。それまで目に留めて、急激に襲い来る睡魔に重く被さろうとする目蓋を無理に押し上げ、顎を持ち上げ視線をあげる。 そうすれば閉じた目蓋とところどころに裂傷やら擦傷やらをこさえ、赤黒く固まった血塊を張り付かせた貌が雨滴をはじき、己と同じように泥に埋もれてあった。 血の気が引いただけでなく、明け方とも昼とも、宵口ともつかぬ曇天に血色のよかったそれは灰色に褪せていた。 『ナルト‥』 呼びたかった名は、喉の奥で閊え、掠れた空気のさざめきにしかならなかった。 震える目蓋をなんとか留めて、泥に邪魔されていない方の耳を澄ます。そうして微かに届く呼気の音にほっと安堵の息をついた途端、身体にかかる重圧がまどろみと摩り替わって、ネジは抗う術を思い出せず流れに呑まれるようにして意識の深淵へと沈んでいった。 衣擦れと消毒された清潔な匂いに呼び覚まされる。 暈けた視界に焦点を定めて初めに見たのは煌々と照る蛍光灯。それから、誰かの息をのむ気配。 「目が覚めたのか。」 固く緊張しているがそれは若い女のものだと知れる。どこかで聞いたことのある声だと、それの主を目で探しながら思いをめぐらせていると、その人物の額が目の端をよぎった途端思い至った。左手側、若く美しいままの里長は緩く拳を握って彼を見下ろしている。 「火影様‥」 全ての像が目にはいれば、予想が正しいものだったと知れた。 傍らに一人の看護婦を従え、その看護婦はペンを片手にカルテだろうか腕に抱えたボードへ何やらを書き込んでいたところらしい。そう云うのは、今や手の動きはペン先をボードに押し付けるようにして静止しているからだ。 自身はどうしてしまったのだろう。覚えてはいない夢の余韻に頭は未だ覚めやらない。 「話せるか?具合はどうだ。」 言葉を紡ぐ唇が蝶の舞うようにちらつき、そこから発せられているはずの音韻がだんだんと遠のいていくのを覚えながらネジはすまなそうに目を細める。 「すみません‥火影様‥まだ少し‥」 眠い。 皆まで云えずにネジは目を閉じた。 波寄せた睡魔は強烈で、彼を吐息ごと奪うように連れ去った。 再び目を覚ましたとき、そこは己の部屋だった。 傍らにはやはり己の腕を枕に眠る黄金の髪もつ少年。すやすやと寝息が心地よく、ネジをふたたび眠りへと誘う。 おかしな夢を見続けている。まるで夢の変遷の中で生きているかのようだ。 頭は夢の残滓が凝って固まっているように重く、余韻が思考と起き上がる気力の邪魔をする。 少年が頭をのせているほうの腕が痺れている。その感覚があるからこそ目を覚ましていられるようであるのに、瞬きを繰り返す瞼はその回数を減らしていく。 眠りの誘いは甘く、腕の痺れがそのまま身体全体へ伝染していくようだ。 ネジはその痺れを与える少年をもう一度だけ、殆ど閉じかけた視界に収めて、瞬きの努力をやめた。 淡い闇にたゆたいながらぼんやりと考える。 黄金の前髪が被さる少年の瞼が隠す瞳を最後にみたのはいつだったか しかし、最後にみた記憶を掬えなかったところで彼の瞳の色は考えるまでもなく思い出せたから。ネジはそのまま思考を手繰ることなく夢魔の懐へ抱かれていった。 「目覚めの間隔が長くなっている」 「危険ですか?」 訊ねた付き人に綱手は応えなかった。応えずじっと顎に指を当てて黙している。 彼女が見下ろす医療用のベッドにはひとりの青年が眠っている。外傷は、ない。呼吸器も、医療器具も周りにはなく。真実ただ眠っているだけ、のように見えるのだ。 完治して尚眠り続ける彼に人々は諦めの色を示し始めていた。それでも綱手と彼女の側近だけは一縷の望みに縋るようにして日々、目覚めの時を待っている。 「ナルトの方は目覚めたかい?」 「いえ‥彼も、まだ‥」 云いにくそうに応える付き人は、同じく隣室で眠り続けるもう一人の青年を思い浮かべた。 同じ格好で、同じ型のベッドに横たわり眠る。活発な貌の、少年のままの顔の青年。 「彼らには‥何か共通するものがあるのでしょうか。何か、その‥眠り続ける原因のようなものが‥」 「どうだろうな‥」 無力感を隠すような主人の声に、付き人は情けなく眉を垂れさせた。 「このまま目覚めなくなったら‥一体、どうなるんでしょう‥」 どうなるのだろう‥。どうもならないのかもしれない。 壁一枚を隔てて眠り続ける二人が、綱手にはまるで夢で逢瀬を交わしている気がした。 ふたりとも、なんら変わりなく、微かに笑みさえ浮かべているようだったから。 彼女は躍起になって目を覚ます方法を探していた自分が遠くへいってしまったことを自覚していた。 「兎に角。考えられる限りの方法をすべて試そう」 それでも嘘をつく。 諦観の眼差しを付き人は既に察しているかもしれないけれど、もしかしたらそれは綱手自身の最後のあがきなのかもしれないけれど、綱手は諦めよう、とその一言は絶対に言わないのだ。 「ツリガネ草は手に入ったね?ハギネとアザミ、キコンもあるだけ用意してくれ」 「新薬を?」 「私の時間が許す限り」 夢で生きるもよかろう。 それがお前たち二人の選んだ最上の在り方なら。 けれど、けれどね 「私もお前たちともう一度会いたいんだ」 「綱手さま?何かおっしゃいましたか?」 「なんでもない。いくよ」 裾を翻し、付き人の目線を避ける。 親不孝な子供たちを叱り、抱きしめる日のために 綱手は再び研究室へ篭り続けるのだ。 終 冒頭もうちょい書き込んでから上げようと思っていたのですがもういいやと思ってアプです。(最低だな‥) またなんだか薄暗い雰囲気ですが根底には愛!愛があるはずです か ら ! 2005/07/27 耶斗 |