――― 1ヶ月後 あの日、そのまま残ると頑ななネジを引っ張って里に帰り、5代目へ報告した後、ネジは取るものもとりあえずにあの滝へ戻り、それから何日かしてあの結界をとくべく様々な人間が送られた。5代目の許しを得て禁術に等しい解印術を使ったものもいたが、結界がとけることはなかった。 ネジもまた結界をとくべく日々水の底に潜っては知りうるだけの術を個々で、また併せて試してみたがやはり一筋ほども結界が解けた気配はなかった。 そこに半月ぶりか、共にこの場所へやってきた2人がもう1人の人間に従って姿を現した。この1ヶ月のうち初訪問のその人間は、ナルトの師匠である地雷也であった。 「この人探すのに1ヶ月だぜ〜?やぁっと連れてこれたぜ…」 地雷也の後に付いてきながらネジのもとまでくると、頭の後ろで両手を組みながらシカマルがそうぼやいた。 「やかーしぃわい。儂もなんもせんとほっつき歩いてたんと違うからのぉ。儂は儂でナルトの生死を見極める旅をしとったんじゃい。大体こんっな遅くなったんもお前らの腕が悪いからじゃねぇのかのぉ。」 「何言ってんスか。ことごとく入れ違いになったのはあなたのタイミングの悪さじゃあないんスか!?」 ぎゃーぎゃーと56らしからぬ男と、いまいち使い慣れていないのと本来の性格せいで中途半端な敬語になっている男が言い争う中、静かにサスケが歩み出て、ネジに話しかけた。 「どうだ?状況は」 「なんとも。良くなる兆しも悪くなる兆しもみえない。まったく変わらない、といったが早いかな。」 自嘲気味に笑って、川面に目を転じた。 「今までにもいろいろ来て駄目だったんだろうが、今回は期待できるだろう。あの人はナルトのことを良く知ってる。」 励ますようなサスケの言葉に、意表をつかれ 「あぁ」 と、笑った。 「ほんじゃあ、ちょっくら行ってくっかのぉ。」 存分に言葉遊びを堪能したらしい56の男はそういいざま、どぼんと水に飛び込んだ。 「おいおい、あの人服そのまんまで潜ってったぞ。重くねぇのかよ…。」 さすがは三忍の一人、ということにしておいて3人は滝の正面、飛沫がかからないあたりの水辺に座り地雷也が戻るのを待った。 そのうちに地雷也の髪が水面近くに揺れ、勢いよく本人が水から飛び出し、そのまま水面に降りたった。 「っや〜、ひっさしぶりにこんな深いとこまで潜ったのぉ。また随分なとこに逃げ込んだじゃねぇの。ナルトのやつも」 「それで、どうなんですか?」 悠々と3人の方へ歩いてくる地雷也を待ちきれないというように、ネジが訊ねた。 「あ〜、ありゃ印で解くのは無理無理。第一アイツ印覚えんの苦手な上に、封印術はからっきしじゃったからのぉ。アイツがとっさにやるもんなんて、チャクラをそのまんま練ることだのぉ。」 「封印術じゃ…ない?」 地雷也の言葉に呆気にとられたのはネジだけでなく、3人ともであった。 「そこで、だ。」 びしっと人差し指を立てて、3人に顔を近づけた。 「お前ら全員一度はあそこにいっとるな?」 との問いに、3人が往々にしてうなづくと、さらに 「そんじゃあ、あれに触れたとき、お前らどうゆうふうに光った?」 「は…?」 地雷也の質問の意味を飲み込めず、3人は一様にそう漏らした。 「だぁーから、何色に光ったかって聞いてんだってのぉ。」 あぁあの色か、とそれぞれ合点がいったところで 「はいシカマルゥ!」 「へ、あぁ白…だけど」 「次っサスケェ!」 「同じく白だ」 「ほんじゃあ最後にぃ…ネジ」 「………」 「どしたぁ?ネジ。何色に光ったんだ?」 「俺…いや、私は2人と違った…。」 その言葉にシカマルとサスケが戸惑うような顔から、答に近づいた者のそれに変わった。 「何色だったんだ?」 地雷也の目は真剣な光を湛えていた。 「碧…でした。」 「決まりだな。」 決まったのだ。 □ □ □ アイツの火事場の馬鹿力は理屈じゃねぇからのぉ。おもっくそ力任せなわけよ。だから印むすぶっつーせせこましいことあいつが土壇場でやれるわきゃないっつのー。 つまりあの結界はチャクラを固めてつくったっつー説明でいいかもしれんのぉ。力に技でいったって性格違うんだからどっか足りないもんもでてくるだろぉのぉ。 力には力で。早い話、アイツのチャクラにお前のチャクラぶつけてゴリ押ししてこい!んでそのまま押し切れのぉ。 ちなみにこれができんのはお前だけだろぉのぉ。何故かって訊くなよ、初めに訊いたろうが、何色に光った?ってのぉ。 その答がお前の質問への答だのぉ。 地雷也の言葉に押されて、最後には無理やり背中を押された気もするが、ネジはこの一ヶ月で何度も潜った水底へ再び泳ぎ進んでいた。何度も潜っただけあって随分となれたものだ。初めのころは底にいくまでで苦しくなっていた息も大分楽になっていた。 ゆらゆらと、己がたてた水流に髪を揺らめかせながら、温度がもっとも低いところへ着いた。 ナルト… そっと、両掌をそこにつく、とほぼ同時にぼんやりとした碧い灯りがついた。 お前が碧くひかってみせるのは、それだけその人間への想いが強いからだと… うぬぼれても…いいのか? いまネジがもつ全てのチャクラを一点に集める。重ね置いた掌のそこに全てのチャクラを固めおく。 まだ… まだだ…っ ずくん、ずくんと腕が痛み出す。血管が浮き出てはち切れんばかりに脈打つ。 まだ…っ、溜める!! ここが限界だと、腕が悲鳴をあげた。 そして一瞬、ネジは己の肌に触れる温度が一段階下がったように感じた。それがチャクラの塊を打ち込んだ瞬間だった。 全身のチャクラを使い切り、もはや水を掻く力さえ残っていないネジの翳み始めた視界で、その結界は一度大きく揺れたかと思うと、ゆらりと煙が空気に溶けるように、もとのチャクラの容に戻ったそれは水に溶けていった。そうして目が閉じる寸前、結界の中にいた少年が目を開いた。 ネジの目に彼は大きく目を見開き、その口が自分の名を象ったように見えた。 □ □ □ 白い部屋に眠るその顔を、何度つねってやったか知らない。 3年ぶりの里。何一つ変わらない。今日も手土産に花を買って、アイツの処へ。 道々擦れ違う旧友や上司と挨拶を交わしながら、茶でもどうだと誘われても足を止めずに。 人を起こすのにチャクラ全部使って、気ぃ失って。 あぁもうあんたってほんとバカ。なんでオレのことんなるとそんな無茶するわけ? 思い出して熱をもったらしい顔を片手で庇いながら、悔し紛れに足を急かす。 今日こそ起きる。今日こそ、起こす。 彼の眠る病院の玄関前に見覚えのある男がひとり。 「サスケェ?」 どうしたんだってばよ 「どうせお前見舞いに来るだろうと思ってな。終わったら飯に誘おうと思ってた。」 変わらない仏頂面でそんなことをいう男に笑っておうと応えた。 サスケと二人受付を済ませ彼の眠る最上階まで階段で上っていく。 彼の部屋は日の良く入る一室。頼まなくとも火影直々に用意してくれた。 この里に帰って、一番に火影に会いに行った。3年ぶりの火影はそれでもまったく変わった様子はなくナルトを目にするとくしゃりと顔を歪めた。 あ、泣くかな。 思ったけれど、彼女はにかっと笑って抱き締めてくれた。けれど、しばらくは放してくれなかった彼女の肩は震えていたからやっぱり泣いていたのかもしれない。 ナルトは喜んでいいのか困っていいのか分からずに、やはり泣いた。 最後の段を上り終え、昇降口から顔を出すと、ちょうどシカマルが目的の場所から出てくるところだった。 病室までのながい廊下を微妙の気まずさと照れを誤魔化しながら互いの距離を縮める。 「よう。」 先に声をかけたのはシカマルだった。 「久しぶり。」 つっても昨日も会ったけど。 里に戻って一週間が過ぎようとしているが、なぜだかいまだに気恥ずかしさが拭えない。 「今日はサスケと一緒なのか。」 「おう。見舞いしたら飯食いにいくんだ。」 満面の笑みで応えたナルトにシカマルはサスケの顔をみた。 何だよ? そう目で訊くサスケに、 「ナルト、ちっとサスケ借りるぞ。」 と、にっと笑ってサスケの首に腕をかけて方向転換させた。 「おいっ何なんだよ?」 先いっててくれ〜と勝手に手を振るシカマルに引きずられながら階段の踊り場まで逆戻りしたサスケは苛立った様子で訊いた。 「今日は飯俺に奢っとけ。」 うんうんと頷きながら、自己完結している若年寄。 ほんとになんなんだ、とさらに眉間に皺を増やしたサスケだが、次の瞬間には合点がいったという風に眉を寄せる力を抜いた。 その日実に3年と一週間ぶり、色素の薄い瞳を開いた想い人にナルトは自分の感情を抑えることができず、溢れるがまま零れるがままの涙と笑みでもって抱きついた。 「そういえば、お前15のままか…?」 「そんなこと気にすんのかってばよ。4歳差なんて今更だってば。」 変わらない。変わらない彼によりいっそう喜びに染まった。 終 20050115(改稿) 耶斗 |