「ネジ…」 細い身体 「ネジ…」 細い手首 「ネジ…」 細い声 「ネジ…」 失われた君の影が今もこの身を責めている あの日失った君 豊かな緑に囲まれた木ノ葉の隠れ里。中心地の喧騒から逃れた森の 一角で一人の青年が凪いだ気を纏っていた。青年は任務のない空い た時間は必要最低限の休息以外、その全てを鍛錬へ費やしている。 そこへ、一羽の鳥が特徴のある高い声で鳴きながら彼の頭上までく ると、2,3旋回し、もときた方向、高い岸壁、歴代の火影を象っ た顔岩のほうへ飛び去った。それを確認し、青年は木の根元におい てあった荷物をすばやく取った。 火影様直々の命とあっては急がねばなるまい。 男は火影の住まう館へと急いだ。 日向ネジ19歳 上忍となっていた。 □ □ □ 「日向ネジ、参上いたしました。」 戦闘を考慮した装備で火影の館へ行くと、そこには5代目火影、綱手 が苛立った様子で後ろ手に机の前を行ったり来たりしていた。 来るのが遅かったのか。 そんなことをちらりと思い、内心肝を冷やしたが次に続いた綱手の 言葉に合点がいった。 「奴らの拠点が見つかった。」 ぴたりと足を止め、片膝をついているネジに向き直り発した言葉は それ以上なく。次いで投げ渡された書簡をはしっと受け取ると 「作戦は全てそれに書いてある。完璧に頭に入れろ。」 それで終わり。 5代目はそれきり背を向けまんじりともせず窓の外を見つめている。 ネジはその場で書簡を開き、すばやく全体に目を通すと、簡単な火 遁で灰も残さず燃やし、すっとその場から消えた。 奴らの拠点 何年来も同朋が探し続け、やっと見つけたこの里の反乱分子の隠れ 家この里の英雄となるべく生まれた子供を隠してしまった馬鹿者共。 場所は西の果て 作戦は殲滅 チームは奈良シカマル、うちはサスケとのスリーマンセル 反乱分子といってもたいした手勢でない。 古い記憶に固執する萎びた爺どもだ。 現世代の人間たちに彼を忌むものはいなかった。 ネジは集合場所に駆けながら唇を噛んだ。 それは呼び覚まされた怒りからではなく、本懐への歓喜に引かれ表 れた笑みを押さえるためだった。 □ □ □ 「遅かったな」 ついた早々、そう言ったのは木の幹に寄りかかり腕を組む写輪眼の 正当血統者であるうちはサスケだった。 彼もまたこの日をまちわび、臍を噛む思いでいた者の一人である。 「俺が最後か。」 先の言葉へ謝罪することなく応えたネジに、前方にいるシカマルが 片方の口端を上げる。 「カリカリすんなよ?俺たちゃチームなんだから。」 里を囲む森の中、小さく開けた場所に3人は集まっていた。 「この面子に自己紹介はいらねぇな?問題はリーダーだが、」 「それはお前で決まりだろう。」 「依存はないな。」 シカマルの言葉を遮ったネジにサスケが続いた。 「へーへー、んじゃ次は作戦な。今度の情報を運んだ追い忍の一人 がやられてる。つーわけでこっちの動きを奴らも予想してんだろ。 向こうに着くまでに多少の妨害を受けると思う。体型は横一直で いいな?足並みそろえる必要はねぇ。互いを気遣う必要もねぇ。 先に着いた奴が道を作っとく。それでいいな?」 「お前にしては無謀すぎる作戦だな?」 くっと笑いをこぼしつつ、ネジが皮肉に口を歪めれば 「どーせ、何言ったって聞く気はねぇんだろ?だったら作戦なんざ 意味はねぇ、ただ一つ、リーダーとして一言言わせてもらえば、 気が立ってんのはお前らだけじゃねぇ、先に頭とったからってひ がむなよ。だ。」 声を低めていう彼に 「どこがリーダーの言葉だよ」 と笑ったのはうちはの男 リーダーはそれに笑い返して 「死ぬなよ」 拳を持ち上げた。 サスケ、ネジがそれにならい、拳を打ち合うと、霧散した。 □ □ □ 目的の地まで忍の足で一日と半。そこにいたるまでに仕掛けられた 罠は予想範囲内のものだった。 所詮は隠れるしか能のない連中か それゆえに怒りは募る。 こんな雑魚どもに アイツは…ッ ある日彼に課せられた任務。 とある国の有力者指名のものだった。 B級と偽ったそれは超S級。 気づいたときには時すでに遅く、彼が里に戻ることはなかった。 上忍選抜をうけるわずか数日前のこと。 齢15。中忍3年目。目標への足掛かりを得る直前のことだった。 おそらく指名してきた人間は奴らに買収でもされたのだろう。 かといって証拠もなし。 やり場のない怒りに、火影はじめ彼を知るものは皆、拳を握り、唇 を噛んだ。彼が消えて3年の間に、その依頼主は暗殺された。誰がや ったか定かではないが、目処がたちすぎてきりがないといったが正 しい。 彼を付けねらう輩は、彼が物心つく前より存在していた。 それを3代目火影が牽制し5代目が引き継ぎ、彼を取り巻く者たちが 守ってきた。 それが3年前、突如として崩されたのだ。 彼とともに任務についたのは2人。初顔の中忍。彼らもその任務以降 姿をみない。奴らの仲間だったか、ともに消されたか。どのみち中 忍3人の手に負える任務ではなかった。死んだとみていいかもしれぬ。 しかし彼は違う。ただの中忍なぞではなかった。どんな局面も切り 抜ける強さをもっていた。だから、ただで死ぬはずがないのだ。 死んだと確定したわけではないけれど。 裏切りは死よりも重い 仲間になった覚えはないが、同じ里、同じ里長に仕えていた。 その里長に逆らったのなら裏切り者だ。 その罪の重さを、己の誕生ごと後悔させてやる。 「シカマルか?」 右後方から近づいてきていた影に声をかける。今ではぴたりと附く ように駆っている。白眼で警戒しながら駆っていたのだ、彼に間違 いはないだろう。 「おかしくないか?」 シカマルが神妙な声音で話し掛ける。 「おかしいとは?」 前方を見据えたまま耳を傾けた。 「罠が簡単すぎる。いや、単調すぎる。油断を…」 誘う気、言いかけたところでそれは起こった。一つ、二つと連結し ているであろう罠を軽くかわしたところで、気づかなかった、いや 気づけなかった三つ目の罠が発動した。 二つの罠は誘いだったか…ッ 走る閃光に目を庇いながらネジは舌を打った。 閃光と共に上方からくない、千本が降り注ぐ。 避けられない数じゃない。しかし無事に避けられる数でもない。 チャクラで吸着した幹から上に駆け上り、枝を使いながらそれらを 避けようとしたところ、下方から爆音と共に焔が上がった。 三段構えの罠だった。 □ □ □ 任務につく前、いつもあいつは笑っていた。 命を狙われているのは昔から承知していた。 直前まで仲間だった者に背を狙われたこともあった。 それでも俺はこの里を、仲間を信じてるんだ。信じたいんだ、と 海よりも、空よりも蒼い瞳でそう言っていた。 だから心配するな、と。 俺には目標とするものもあるのだから、と。 すべてを許しながら 笑っていた。 「ネジ!」 怒鳴り声にはっと思考を飛ばしていたことに気が付いた。 さっと辺りを確認すると、先ほどの場所から離れておらず、飛び移 った枝の上でのことだったようだ。ずきん、と引きつるような痛み に身体を起こし確認すれば、左肩と脇腹、脚に切り傷を負っていた。 痛みの感じからして毒は塗ってなかったらしい。焔でしとめられる と思ったか。 声の主は、シカマルと思いきや以外にもサスケだった。 そしてようやく納得する。 「お前の焔で押し負かしたのか。」 うちはは火の使い手である。 「あれごときの焔に負けるかよ。」 不敵に笑って応えるサスケに、すまないと小さく謝りシカマルを探 した。彼は隣の木にのっていた。彼もまた傷を負ったようだ。 「意外だな。お前まで合流するとは。」 特に感情をこめるでもないネジの声はいつも通りのものだ。 「いんや、多分サスケの意思じゃないぜ。」 なぁ?とシカマルが2人のいる木に飛び移りながらサスケに向かって 言った。それに、ちっと舌打ちして、あぁとサスケが応えた。 「誘われた。」 らしい、と後につづくはずの言葉はサスケのプライドが許さなかっ た。 「なるほど、相手もただのぼんくらではないようだ。」 冷笑を浮かべてネジが言った。 「だがまぁ、3人を集めたってことはここで片をつけるつもりだった ってことだろ。 そんじゃあ後は恐るるに足らず、ってとこか?」 ま、油断は禁物だが。シカマルが軽い口調でそういうと 「仕切りなおしといくか。」 ネジの言葉に頷きあい、3人は陣をとって、先を行くことに決めた。 目標の根城は森を抜けた先、諸手を広げ、森を囲いこむかのような 幅広い、切り立った崖から迸り落ちる滝の裏、一見しては分らない 岩の裂け目を入り口とした先の洞窟にある。かつては人の5人も入れ ば一杯だったというそこを長い年月をかけて掘り、開いたという。 それだけの根気があったことには素直に賞賛しよう。 それからもいくつかの罠をかわしながら、森を抜けた3人の前に暗い 沼が現れた。 「湖…いや、沼か…?」 「滝は…?」 ネジの呟きにサスケのいぶかしむような声 「おそらくはこの沼の先だろうな。正確な地形は記されてなかった し。まぁ急場じゃこんなもんだろ。」 呆れるでもない、軽いため息をついてシカマルが言った。 「しかし随分入り組んでいる。何が潜んでいるか分らんな。」 「そこでお前の白眼の出番だろう?」 「ふん」 サスケの言葉に分っているとばかりに笑んで白眼へさらなるチャク ラを練りこむ。 印を結んだ指を両眼の境におき、沼の奥を遮るようにところどころ 突き出た両岸を探っていく。 「ふん。大したものだ。頭はまだ健在だったとみえる。どこに連動 するか分らん罠ばかりだな…だが」 道はあるはずだ。 水面、水中、樹上、迂回路。視界に入るもの全てを透視し、罠を確 かめ、それらの影響を受けないであろう一本の道を探す。 老いたとはいえ相手も忍。今だ現役に負けないものもいるかもしれ ない。それはこれまでの経緯でも予測できた。そしてここにきて再 確認する。 なめていい相手じゃない。 「能ある鷹は爪を隠す。亀の甲より年の功とはよくいったもんだな。」 ネジの様子を見守っていた若年寄がぼやいた。 「いずれにしろ、ここで引き返せばさらに警戒される。攻めるしか ない…。見つかったか?」 苦々しく言い捨てて、サスケは待ちきれないとばかりにネジを急か すように訊いた。 「まだ…………いや、みつけたッ」 「滝までの距離はざっと300mといったところだ。俺なりに道は見つ けたつもりだが確かかどうかは分らない。そこでシカマルに罠の 状態を確認させたいのだが…」 「お前がいうんだ。間違いねぇだろ。」 「時間もないことだしな。」 「ふん。後で文句をいうなよ。」 ネジを先頭に、シカマル、サスケと続くことになった。 □ □ □ 途中までは水面を、そして岸に上がり、沼を迂回して滝壷まで。 ネジの読みはあたり、細いしかし安全な道を3人は進んだ。 そうして目的地まできた3人は方々岩に身を潜め、滝を、その奥を窺 う。闇に紛れた森の中で、細い月の僅かな光を拾って滝によって派 生したキリが白く浮び上がる。 「意外と滝は高かったな。飛沫で遠くが見えねぇ…」 「月の光もそれなりに入る。中にいる奴らに見つかりやすい。」 サスケの言葉に頷いてシカマルがふむ、と考え込むように言った。 「ネジ、見えるか?」 「あぁ、やはり相手も警戒しているな。岩の陰に隠れて入り口を窺 っている。罠に絶対の自信をもっているんだろうな。外にはいな い。やられたという追い忍も罠のせいではないのか?」 「接近戦には自信がない…か?」 真剣な眼差しのままシカマルが呟いた。 「とすると中にも罠が仕掛けられているのか?狭いとやりにくい。 なかの状態は?」 とはサスケ。 「存外広いな。罠は…みられんようだ。仕掛ける暇がなかったとは 思えんが…おかしい…。」 「なにがだ。」 「わからん。だが何か違和感を感じる。」 的を得ない応えに訊いたサスケが眉を顰める。 なんだ…?一体…。 しかしこの違和感…あの中だけではない… ここら辺り一帯にも感じる… なにか おかしい 「サスケッ、シカマル!幻術だ!!」 叫んだ刹那、空間が歪んだ。 □ □ □ ―――かかったか? ―――あぁ、ピクリとも動かない… ―――それじゃあ、いくか 滝の背後、闇に目を凝らし外を窺っていた影がゆらりと動き、隣の 岩に音もなく飛び移った。その動きはまさしく忍。影は5人。 3人の隠れる岩場を目指し、軽快な足取りで岩を渡っていく。 間合いをとり、3人の背後に周り、腰にさした刀を抜く。そして一気 に間合いをつめ、刀を振りかざした瞬間、5人の動きが止まった。 「な…に…ぃ」 「…影真似成功。闇は俺の領域だぜ?」 口を歪めてシカマルが5人の背後に現れた。…後ろ向きに。その歩み に従い5人も下がる。そして振り向いたシカマルと振り向いた5人が 若干の間をあけて対峙した。 そしてシカマルの後ろ、闇の中からネジが、ついでサスケが溶ける ように纏っていた闇を脱ぎながら姿を現した。 「視覚にばかり気をとられて嗅覚をないがしろになっていた。ここ ら一帯に咲き乱 れるこの花…幻覚作用を引き起こすものだな?」 ネジは手に待った薄紅の、どこか鬼百合に似た花を掲げた。 「それと聴覚。滝の音に紛れてなかなか分りづらい一定の音…二重 の幻術とは恐れ入る。」 そのサスケの言葉に5人のうちひとりが笑っていった。 「ふん、二重の幻術ではなく、二つの条件がそろって初めて成功す る術だ。それを破るとは…やるな、若いの。」 「現役なんでね。」 それに… 「おれに幻術は通用しない。」 一度目をふせ、再び開いたそれは燃えるように紅く、三つの焔を現 していた。 「…ッ写輪眼!?」 「幸運だったな。お前らはこの眼を拝んで死ねるんだ。」 言い終わる頃には5人の首は飛んでいた。 「あっぶねーッ、気ぃつけろよお前。俺まで危ねぇだろッ」 サスケの手が動く直前、慌てて術を解いたシカマルが青くなりなが ら言った。 「俺の影首しばりがあんだからよー…」 「気づいたんだからいいだろ。」 呆れた眼で睨むシカマルに、悠然と鼻をならしてサスケはクナイに 付着した血をはらった。 「こいつらのおかげで中も油断しているだろう。一気に攻めるぞ。」 ネジが一歩前に進み出る 「入り口は…言わなくてもいいな。」 「あぁ、こいつらのお陰で分った。」 「まさか一箇所だけじゃあねぇとは…」 シカマルのぼやくとおり、彼らの潜む洞窟の入り口はいくつもあっ た。もとはひとつであったものをなんらかの目的でふやしたのだろ う。 「では、いくか…」 ネジの言葉を合図に三つの影が揺らめいた。 任務は 殲滅 |