ありえない!
 叫んだ隣の金髪にお前こそありえないとネジは額を押さえた。閑散とした大学の講義室、何の因果かネジが座っている席の隣に彼が座り続けて三ヶ月、返された中間テストの結果にうずまきナルトが叫びを上げたのだ。
「ありえねぇよなんだこの結果ってば!俺結構頑張ってたのにぃ〜」
 背を真っ直ぐ伸ばしたかと思えばへなへなと机にしな垂れかかる。忙しい奴だ‥。思ってネジは彼とは反対に背を伸ばした。彼のために生まれた疲れが背骨の間隙に挟まっているようだと思った。
「結果がそうだったということはお前がそれだけだったということだろう。ぐだぐだ言わず次の定期試験のために勉強しておくことだな」
「冷たいってばよネジ〜。なぁ、俺に勉強教えてくれねぇ!?」
 ぼやいたかと思えば勢い良く身体を起こし目を輝かせてそんなことを言う。所属学部の違う彼とも全学教育の科目では同じ授業では重なる可能性はなくもない。
 だからって何故俺に懐くんだ‥。

 授業初日、誰より早く席についていたネジを見つけたのはナルトだった。どやどやと騒がしい声が近づいてくるな、とネジは閉じられた扉の向こうに思っていたのだが、数人の足音が自分のいる教室の前で止まり、その扉が開かれて急にシンとなったことに無視を決め込もうと思っていたネジも顔を上げた。そうすればノブを掴んだ先頭の彼は大きな目をまん丸に見開いて自分を見つめていて、その後ろで不思議そうに彼に声をかけている友人達の声も聞こえていないようだった。
 窓近くの中段の席に座っていたネジから彼の姿はよく見えて、凝視されながらネジは、自分とは正反対のタイプだな‥とそんなことをぼんやり考えたものだった。きっと関わることもないだろうと、くどいようだが凝視されながら、これまでの経験を踏まえ思ったものだった。
 だけれども目立つ金髪を無雑作に撥ねさせたその青年が深く深く息を吸い込んだかと思うとゴムで背中を引っ張られていたのかと思うほど唐突に走り出して、驚いたネジが目を見開けば既に彼はそこにいた。
 窓際の端から二番目に座るネジを反対側の端に両手をついて見つめてくる目が深い蒼色をしていることにこのときネジは気付き、彼の頭髪が天然のものであると、そのことにも思い至った。彼の後ろにいた友人達がみな一様に真面目な学生とはいえない格好をしていたためもあろう。赤い髪だったり、眉が薄かったり、ぼりぼりと菓子を食い続けていたり‥。
『何か‥?』
 もともと物静かな男である。自分を取り戻すことも早かったネジがそう、なるだけ訝るような色をみせないよう(なんといっても初対面だ)彼に訊ねれば、少年の面影を多分に残したままの面貌である彼は黙したままよたよたと椅子と机の間を歩き寄り、ネジの隣にすとんと腰を下ろした。
『‥‥‥‥。あの‥?』
 事態が飲み込めずネジが問いを重ねようとしたが、黙々と鞄から筆記用具やノートを取り出す彼に、まぁいいかとネジは追究を止めにして暇つぶしの教科書に目を落とした。さわりさわりと窓の外で梢が風に揺れ、昼の柔らかな日差しがそこから教科書の上へ零れ差していた。
 彼の友人達は呆気に取られた様子で(相変わらずぽっちゃり系の一人は菓子を運ぶ手を休めていなかったがそれでも表情は不思議なものをみているようだった)ドアの前に立ち尽くし二人の光景を眺めていた。

 なぁなぁなぁ、とナルトは子供さながらにネジに擦り寄ってくる。それを鬱陶しそうに手で制しながらネジは「授業中だぞ」と窘める。勿論、ちょっかいを出しているナルトも相手をせざるをえないネジも小声である。定位置となった窓近く中段の席で止まぬ二人の応酬も頭の禿げかけた老年の教授は黙認しているようだ。ぼそぼそと聞き取り難い声で教科書を読み上げながら黒板に文字を連ねていく。ノートを取っていれば簡単に通る授業であった。
「いい加減にしろ、ナルト。話なら後で聞いてやる」
「駄目だってば。授業終わったらネジ即行で逃げちまうだろ?今了承してくんなきゃ」
 しかしながらナルトの顔は楽しそうである。こいつは嫌がる人間の顔を見るのが好きなのじゃないかと、強制的に3ヶ月付き合い続けたネジは思っている。重なった授業はこれ一つのはずだが、どこで嗅ぎつけてくるのか昼休みにもナルトはネジの前に現れた。彼を取り巻いている友人達も、ナルトがネジの側にいるときは遠くに固まっていた。
 聞いても聞かなくても変わらない授業をそれでも真面目に聴講しようというネジはひとつ溜息をつくと、右隣に座るナルトへくるりと振り返った。
「ぉ、何だってばよ‥」
 不可解だなぁ、とその顔を見るときネジは思う。
 普段からお構いなしに纏わりつくくせにこうして真正面から向き合えば怯んだように僅か身を引くのだ。
 このときもやっぱりナルトは身を竦ませて途端に大人しくなった。蒼い瞳も露に瞠目している。
「ナルト、今は授業中だ。俺は授業に集中したい。お前の話も後でちゃんと聞くから今は静かにしていてくれないか。逃げないと約束し、この後は昼休みだ、どうせ一緒に食うのだろう?その時にも話せばいい」
 こういったネジは既に勉強を見ろというナルトの要請を受け入れるのだろうと諦めている。昼飯を一緒に食う、なんてそんなことも許してしまっている。Noと云える日本人、ネジは確かにその部類の人間であったはずだがうずまきナルトに関しては何故か初めから好きにさせている。
 なんだかなぁ‥と内心で首を傾げながら静かになったナルトに、顔を教授の方へ戻す。僅かな時間の間に随分と文字は書き連ねられていた。
 自分のノートに新しく書き足された文字を写しながら固まったままのナルトにちらりと目線をくれる。
「どうした?早く写さないと消されるぞ」
 そう親切に促してやるネジは知らない。ナルトは本来試験直前に友人でもない同じクラスの人間のノートをコピーして試験に持ち込む人間であるということを。それがネジの隣に座るようになって、一応真面目にノートを取り始めたということを。
「‥ぉ、おう‥っ」
 慌てて黒板を写しに掛かるナルトに目元を緩ませるようになったことを当のネジは気付いていない。





2/11の日記より
2006/02/15 耶斗