あの人が現れるのは、きまって月のない夜。闇ごと部屋に進入する。 闇を好み闇に好まれ 闇に生きてきた男 いや、今も闇に生き続ける男 はたけ カカシ 明かりを消した部屋の中、浅くベッドに腰掛け俯いていた海野イル カは常より早く胸を打つ鼓動に息を詰めがちに、窓辺に立つ男を怯 えるような挑むような黒く静かな目を上げた。 朔 子供たちの笑いが弾けるアカデミー。 次世代の忍たちが育つ場所。 その廊下を投げかけられる声ににこやかに応えながら、片腕に教科 書やら資料やらをはさんだイルカは職員室に向かって歩いていた。 そのイルカの目に、人目を引く銀髪が映った。 見知った忍びの姿に、イルカは人好きのする笑顔で頭を下げた。が、 対するカカシはイルカに気づいただろうに目をくれる事もなく歩き 去っていった。 すれ違うだけの他人然としたカカシをイルカは振り切るように目的 の場所へと足を速めた。 ただ一つ、諦めに似たため息を落として。 □ □ □ 皺だらけのシーツをかいて、その奥に沈もうとするかのように逃げ をうつ背中を押さえつけ後孔に自身をあてがった。 その感触に一際びくりと震え、なおいっそうの力で抗う身体を嘲笑 うかのようにいなす。 とけた長い黒髪が汗ばんだ項に、背に貼り付いて傷痕の無数に散る 無骨な身体を艶やかなものに変える。 許しを請うようにちらと男をふりかえった瞳は潤み、怯えるように 寄せられた眉に男の劣情は煽られた。 ペロ、と渇いた薄い唇をなめて、男はイルカの内に己を進めた。 押し入ってくる雄を感じながら、イルカは明日の事に思考をとばす。 明日になればまた一月安穏な夜が訪れる。 明日になればまた一月この身を苛む熱い猛りから開放される。 □ □ □ 「俺あなたに何かしてませんか?」 今だちらほらと人の残る薄暗い廊下で、イルカの目の前に立ちふさ がった眠たげな片目をさらす男は開口一番にそう言った。 気づかれたのか いや、気づかれて良かったのだ 気づいてくれた方が自分は助かるのだから だがあの痴態がこの男の頭に映し出されるのかと思うと、やはり隠 しておきたい衝動に駆られた。 「どうかなさったんですか?何か、とは」 何もなさっていませんよ、と含めて、柔和な笑顔でイルカは応えた。 耳の後ろの血流をいやにはっきりと感じた。 イルカの応えに満足したのかしていないのか、おそらく後者であろ う男はなんの言葉も発せず、また顔色も変えず、無機質にイルカを 見つめていた。 沈黙を数えて、イルカは、それではこれでと軽く頭をさげ、そのま ま隣を通り過ぎようとしたなら、すれ違いざま 「あなたは表情豊かな方だと思っていたんですが…」 聞きたくないと思えば不思議と聞こえないもので、その後に続く言 葉はなんだったのか、イルカの頭には入らなかった。 呆れているのか感心しているのか詰っているのか、とにかく良い感 情はこめられていないだろう低い声を聞き流して歩き続けた。 男の視線が振り向かない背を責めるように突き刺さっているようで、 からからに渇いた舌の根に唾液を送ったけれど、余計に渇きを覚え ただけだった。 □ □ □ 初めは激痛、次に違和感、不快感圧迫感、強烈に感じる男の存在。 刻み込まれていくという恐怖。 肉を押し広げて男の雄が侵入する。 慣れぬ行為に息はつまり、見開いた眼からはぼろぼろと涙がこぼれ た。強張り震える己が身など省みることのない強引さ。 息吐いて きつい締め付けに自身もつらいだろうにそれでも平然とした男の声 音。むしろ楽しんでいる色を含んでいる。 そういわれてもその行為はすでにイルカの許容量を超えていて、従 いたくとも従えない。 滑りだけを与えられ、ろくに慣らしもしなかった入り口は切れて血 を流す。必死に息を吐こうと喉を引きつらせる姿に少なからず情が 沸いたのか、待てなかったのか 仕方がないというようにため息をついて、男はイルカの萎えかけて いた性器を握った。 「か…はっ…あ…」 内臓を引きずられていく感覚に目を見開き、とめどなく涙はこぼれ 閉じられぬ口端からは唾液が顎に伝い、それらはシーツにしみを残 す。うつ伏せに押さえつけられた身体にできることなど高が知れて いて、すでに己の身体も支えられなくなった腕は、それでも逃げよ うと上へ上へともがき、新たなしわを刻む。 「う、く…ん」 ぺた、という音ともに尻に密着した感触から全て収まったのだと知 る。そこでやっとイルカは浅い息を繰り返した。 それを見届けて男が律動を開始する。 「ひ…ぃ、痛…っ」 イルカの濡れることのない内は、さらに血を流す。幸か不幸かその 血は滑りとなり男を助ける。 「いやだ…やだ…ぁ…」 何度も突き上げられ、擦られ、感覚が麻痺していく。イルカ自身へ の刺激も与えられ続けたまに掠るしこりへの刺激が腰を震わせ背筋 を駆け上がる。 やがて上り詰めるイルカにあわせるように内の雄も脹らみイルカに 射精をうながす。 そうして幾度目かの深い穿ちにイルカは男の手の内で大きく脈打ち 吐精した。放ったばかりのその敏感な内壁を二、三度擦り上げて男 もまたイルカの内に己を放った。 何度目かの行為の後、ぐったりとうつ伏せにシーツに沈み込み顔を 伏せていたイルカは己の腕をつかむ手の感触にうっすらと目を開け た。ゆるりと動いた影と、ついでのしかかる重みを理解できず、イ ルカは気だるげな視線で男を捜した。 そのイルカの肩を掴み、いまだ自身を内に収めたままの身体を反転 させ片足を担ぎ上げた。 突然変わった視界と擦られた内壁に息を呑み、今一度過ぎ去ろうと していた悦楽を引き戻されて目が眩んだ。 まだ、やるのか… 闇の中浮かび上がる色違いの双眸イルカの声はでなかった。そして 再び肉を押し広げ始めた牡にもはや頭もあげられないイルカは目を 閉じた。 □ □ □ 六月前、まだ薄ら寒い春の終わりに一人の上忍が落ちてきた。 寝支度を終え、布団に潜り込むべく戸を開けたイルカの目にそれは 映った。欠片ほども光のない部屋の中、右半身を床につけ身体を折 り曲げているらしい塊。部屋に満ち始めている鼻につく血の臭い。 久しく嗅いでいなかった濃いその臭いに、イルカは眉をひそめた。 おそらく床には血溜まりもできているだろう。それほどに濃厚だっ た。 敵か味方か、生きているのか死んでいるのか ふ、と日常ではなくなっていた出来事にイルカの意識は平凡なこと を考えた。 窓…鍵開けてたっけ… 忍び相手に鍵が用を成すかと、考えて己に顔が赤くなる。 あぁ、ちくしょう。明日も授業はあるのに、ベットはこの部屋なの に。それでも見たくないものから目をそらそうとするのは人情とい っていいのではなかろうか。 しかしながら、いつまでもこうして突っ立っているわけにもいかな いので、イルカは心持ち身構えながらその影に近づいていった。 傍に来てもピクリとも動かないそれは死んでいるのか、片膝を突き、 肩を軽く押してみる、とその手を掴まれた。 とっさのことに思わずその手を引き戻そうとしたが、濡れた感触す らするその手の力は強く、肩から手をわずかに離すまでしかできな かった。 そして気づけば、大部分が陰に覆われた顔の下方から見上げる目が あった。 …覆面か。 これを陰と間違えたのだと妙に納得しながら見つめたままでいると 「だからか…」 静まり返った空間でさえ聞き取りにくい掠れた声が言った。 それだけを最後に、気を失ったらしい影は強い光を放っていた瞳を 伏せ、イルカの手を握っていた手からも力が抜けた。 さて、これをどうしようか。 血の臭いは早急な手当てを訴えているし、己の勘もそれを勧めてい る。幸いにもここは自分の家だ。夜目にもものの所在ははっきりと 分かるし、闇に慣れた目は明かりがなくとも応急手当くらいは可能 だろう。 ではなにを迷うかというと、 近づきたくないのだ、これ以上。顔を見てよいかどうかも分からぬ し。手負いの獣は何をしでかすか分からない、が、鈍く浮かび上が る額宛に木の葉の紋を見出してしまえば助けないわけにもいかない。 ぐずぐずしていては、同じ里のものを見殺しにすることになる。 ええい!ままよ…っ 一度、己の煩悩を振り切るように固く目を瞑り、ベットの下に常備 している救急箱を手早やく引きずり出すと、獣とも人間ともつかぬ 殺気を纏ったままの塊に手を伸ばした。 思えばあれはマーキングの一種だったのかもしれない。 イルカは情事の後のけだるい身体をかろうじて寝巻きで包み、ベッ トの縁に持たせかけ、男の消えた窓をぼんやりと見るともなしに眺 めていた。 疲弊した頭はろくに考える力も残っておらず、いまさらながらこん なことになった経緯を考えてみても、仕様もない考えしか浮かばな い。 散々に弄ばれた身体は大人しく寄りかかったままでも白濁とした粘 着質の液体が床に流れ落ち、尻を汚す。 …滅茶苦茶…やりぁがって… 悪態をつく気力も残っていない。 固い床で抱かれては、身体にかかる負担は普段より重く、ベットに 這い上がることさえできない。 今夜はこのまま、ここで眠ってしまおうか… しかしそれでは風邪を引いてしまう。もうそんな季節なのだ。 あぁ、だめだだめだと己を叱責しつつも、もはやまぶたは重く、黒 い瞳を閉ざし、眠りに入る前のあの独特の浮遊感が身体を包んだ。 □ □ □ 「でね、なんっか今朝もスッキリしてましてね」 隣で笑う上忍に、はぁ、とかえぇ、などと相槌を打ちながら、そっ とため息をついた。 初めて、そう初めて昼間に声をかけられてから2ヶ月、なにかとこ の上忍、はたけカカシはイルカに声をかけ続けている。それは単に 興味を持ったからというものではなく、何かを確かめるための、探 るためのように感じられた。 「あれ、イルカ先生、首に痕ついてますよ?」 「っ!」 「なーんて、その位置じゃ見えませんよねー」 とっさにかばったのは掌のしたにはたっぷりとしたアンダーシャツ。 どうやら謀られたらしいときづけば、かぁっと顔に血が上る。 「カカシ先生っ」 とがめるように小さく叫ぶけれども、カカシは悪びれる風もなく、 けらけらと笑っている。 この2ヶ月、はたけカカシという人間と言葉を交わすたび、カカシ がこんな人間だったのかと驚かされてきた。こんな風に笑う人だっ たのか、と。 「そういえば、一月前もそんな痕つけてませんでした?」 「一月前もそんな質問をなさいましたよ。」 あれー引っかかりませんでしたかーと笑うカカシにつられてイルカ も噴出す。 まるで昔から知る仲であるかのように笑いあう。 「それでは、カカシ先生。オレはこれから授業ですので。」 失礼しますと頭を下げて、カカシの一歩前へ出る。 「はいはーい。頑張ってね〜」 立ち止まってひらひらと手を振っている上忍は、今日も子供たちを 待たせているのだろう。 後でまたナルトたちの小言が受付所で聞けそうだ。 授業開始の予鈴が校舎に鳴り響いた。 □ □ □ 「な…でっ…、あなたは朔の夜にしかこないはずでしょう―――っ」 悲壮な声。あえぎあえぎ息を漏らしながら発した声は引きつってい た。 新月の夜とは正反対の夜。後はもう死に行くだけの望月はまぶしい ほどに空を照らしている。逆光に顔を隠した男は片目だけがぎらぎ らと煌いているようで、その眼に、心底ぞっとした。 寝床に入る準備をしていた。 湯を浴び、汗を流し、滴を落とす髪にタオルをかぶりガシガシとか き混ぜながら寝室の電気をつけようと、居間の電気は消し襖を開け た。そこに、彼は立っていた。 月の光を背に立つ影をみて、イルカは足元が崩れていく錯覚を覚え た。 ぐらりと傾いた身体を、襖に手をかけることでなんとか支え、その 反動で開きかけだった襖は、タンっと小気味よい音を響かせて完全 に開いた。寝ようとしていたことも、明かりのことも、明日のこと も、何もかもが頭から消えうせて、ただ目の前の光景をどう理解す ればいいのか、それだけに必死だった。 やがて影が口を開く。 やはり、オレはここに来ていたのですね、と。 「オレねぇ、変な夢をみるんですよー。」 「はぁ…」 すでに習慣とかしている、昼食時の上忍の乱入。職員室の他の中忍 たちもすでに慣れたらしく、我関せずという態度を保っている。 そうして上忍は勝手に椅子を引きずってくると、いつものようにイ ルカの机に頬杖をついた。 独白なのか、この場合イルカに向かっていったのだろうから例えそ う聞こえてもある種の相談のようなものなのだろう。いづれにせよ イルカが聞かなければならないのに変わりはないのだろうし。 イルカは箸を片手にカカシの話に耳を傾けた。 「最近見るようになったんですけどね、夢自体そんな見るほうでも なかったしそれだけでも珍しいんですけど、さらに奇妙なことに、 どうもそれ前から見てるような気がするんですよねー。」 なんなんでしょうね。 そう言外に問うているような目で見つめるカカシに目をあわさない まま飯を口に運びつつ 「何度もみているからそう感じられるだけでは?」 とだけ応えた。 それにカカシは、そうですかねー、そうかもしれませんねー、など と納得するように腕をくんだり宙に目をやってみせたりしていた。 そんな会話をしたのは、つい数時間前のことだというのに。 |