たとえば僕が 遠くで己の名を呼ぶ声がする。 あぁ、随分と遠いようだ。消えゆく音がその距離を教える。 もう一度、呼ばれた。また一度。 一定の間隔を持って届く声は柔らかく、耳殻をくすぐるよう けれど同時に胸を騒がすのは何故なのか そうだそれを表す言葉を知っている。 切ない 「ナルト、お前が死なば俺も死ぬ。」 「何言ってるんだってばよ。お前は日向のために生きるって言っ てたじゃんか。」 整然と片付けられた、ともすれば見落としてしまいそうなほどの 生活臭のなさ。 煌々と照明の燈る部屋のなか、向かい合った2人の人間 「お前がいないのに何故生きていける。」 「余裕で生きていけるってば。」 「魂をなくして?」 ただの傀儡として存在せよと? 歪んだ口は苦笑か、自嘲か 「何が‥言いたいんだってばよ‥」 「‥‥‥、ナルト、俺はもう運命がどうのという考えは持ってい ない。」 けれど‥、と口のなかで呟いて 「けれど、死のみが生きるもの全てに分け隔てなく与えられるも のだという考えは変わらない。そしてそれは己で選ぶこともでき るということも。」 「‥‥‥そんな自由‥。父親と同じ道を辿るっていうのかよ」 「そうではない。ただ、それだけが選ぶことのできる自由ならば 、俺は戸惑いなく手を伸ばす。お前がいないなら。」 「‥ネジ‥」 ナルトの瞳が揺れ、ネジの手が伸び縋るようにナルトの身体に廻 された。 「切な過ぎて、死ぬ。」 お前がいないだけで。 心の臓を抉り出したくなるほどに。 「切な過ぎて、俺は死ぬ。」 だからそんなたとえ話はやめてくれ。 肩口に埋められた鼻先から、もれる呼気が皮膚をくすぐるけれど 身じろぎなどできずに、腕をまわすこともできずに、ナルトはた だネジの体を受け止めていた。 お前だけが傷もつけずに俺を殺せる 鼻腔を通り抜ける馴染みの匂いに、背中の忍び刀を引き抜いて背 の高い草葉の間を駆ける。 あの声が近くなるほど、はっきりと聞き取れるほどに胸を締め付 ける焦燥感が強くなる。 嘗ての記憶が甦る。 俺はこの声を知っている。 足の裏、踏んだ草は深緑の、そう見えるのは日の落ちた宵闇だか らか。 けれどそう、紅を散らした深緑の微かに覘く女郎花 背の高いそれも薙ぎ払われて地に伏して、我らが同胞の死を飾れ 一輪、花の頭だけを摘み上げ、恭しく口付けたのは せめてもの哀悼に 眠れ兄弟 常しえに 生きた証は俺が持つ。 肉を焼く煙が昏い闇の空、高く昇っていった。 木々の間、覗いた大門、その前に 夜陰だというのに立つ人ひとり それが、まっすぐに己をみつけて嬉しくなる。 気を抜いてはいかぬというのに胸中に広がる波を抑えきれない 「還ったか。ナルト。」 己と同じ衣装の男は、きっと長く己を待っていたのだろう。柔ら かくなった空気の分だけ。 「ただいまだってばよ。ネジ」 ちょっと時間かかっちまった。と哂えば、ただ静かに笑いかけて 「俺も今日還ったばかりだ。これからどうする、俺の部屋へくる か?」 買い物は済ませてしまったから。 約束しているわけではない。保障された生業ではないから。 けれど繰り返されるこの逢瀬。 どちらが言い出したわけでもない。気付いた頃にはそれが当たり 前になっていた。 誘われて、断る術を知らないから、彼の誘いを断る理由をもたな いから ナルトは大きく頷いた。 スーパーの惣菜でも十分に旨い煮しめを箸に挟みながら、ナルト はちらりと正面のネジに目をやった。 飯を出されてからはひたすらにそれをかきこむだけで言葉を交わ してない。 飯はとうに済ませていたらしいネジはちびちびと酒を舐めている。 ごくり、と大きな音をたてて口の中のものを飲み込むと 「未成年なのに酒飲んでいいのかってばよ。」 それは幾ばくかの非難がこめられていて。 「もう18だが?」 「未成年だってば」 哂っていった男に、むすっと唇を尖らせてみせて、また箸を動か す。 こんな空気が好きだ。約束事のように繰り返されるこの一時が。 己の魂を解きほぐす。雁字搦めに自身を縛る、重い不安を薄らげ て。 もどってきた、と教えてくれる。手を、引いてくれる。 この一時があればこそ。 卓の上を片付けて、茶を啜りながら窓からはいる風に目を瞑る。 「気持ちいいってば‥」 独り言のように落ちた言葉のさす意味を、正確に汲み取って 「いい風だな」 微笑みかけた眼の写す、己の姿がはっきりと見て取れた。 深くを見通す彼の眼は、時に慈しみ、時に責める。 そう、感じる。 「俺‥あいつ知ってた。」 目を閉じて、世界を遮断して。 閉じた目蓋の先で彼はどんな顔をしているだろう。きっと、何の ことだと訝っているだろう。 「アカデミーで一回だけ会った。」 なんて確率で人は出会い、 「俺のこと馬鹿にしないやつだった。」 なんの宿めに従うのか 一度だけ話をした。アカデミーのグラウンドの隅、木陰に座って 本を読んでいたその人。 からかうつもりで近寄ったのだけど、上げた顔が笑んでいたのに 気が削がれた。 「今日は」 「あのさ、あのさぁ?何でお前皆と遊ばないんだってばよ。」 取り繕うように指を頭の後ろで組んで、慌ててそう云えば 「この本読みたかったから。」 みれば小難しそうな、小さな字の漢字だらけのその一面。思わず げぇっと舌をだすと、彼は笑って 「隣、座る?」 本を閉じ、尻をずらした。 どうするべきか分からずに少年の顔を窺えば、変わらず哂うその 瞳。 だから、それでも迷うようにしながらも大人しく腰を下ろした。 「なんでそんな本読んでんだってばよ。」 「僕教師になりたいんだ。」 ナルトが腰を落ちつかせてから問えば彼は淀みなくそう応えた。 「教師ぃ?イルカ先生みたいな人のことか?」 首を捻れば、つき合わせるように向き合った二つの顔。意外な近 さに反射的に顔を引く。 「そう。イルカ先生みたいな教師になりたい。」 屈託なく、己は教師になるのだと、それに微塵の疑いもなく哂う 貌に何故だか体がもちあがるような感覚を覚えた。気恥ずかしい 、というのに似ている。 「俺ってば火影になるんだってばよ!」 その感覚を打ち払うような大声で、 返る笑顔は純真に、己をみるもので。 「馬鹿にしないのか?」 「何故?」 首を傾げた彼は、真実ナルトの問いがわからないという顔をして いて 「夢は信じるものが叶えるんだ。僕は信じるよ。君は火影に僕は 教師に」 なろうね。と笑った顔は屈託なく。 それが、嬉しくて。 ナルトは嬉しくて、照れたように笑った。 立ち去る際に彼は云った。 それは独白のようで、けれど確かに己に向けたもので たとえば僕が夢を諦めることになっても 君なら助けてくれそうだね。 未来の火影様。 切ない これがお前の行き着いた先か 何がお前の夢を挫いたというんだ 握った柄まで血色に染まり、合わせた指はきっと放れないのでは なかろうかとその考えが頭を廻る。 見下ろした先に眠るその人。声の主。 覚えているさ。忘れるはずがない。 遠い記憶の優しい声。 誓い合ったわけではない。ただ語り合った。 互いの夢を知っていた。 変声期をすぎたそれは確かに違った音だったけれど、その響きは 変わらずに。 呼んだか?俺を。俺の名を。 俺はお前の名前を知らなかったのに。 今でさえ知らぬのに。 これは救いなどではないはずだ。 吹き抜ける風にこの身を任せてしまいたい欲求に駆られた。 止めを刺してさしてくれ、と他国の忍の骸が転がる中その男は云 った。 任務を終えた帰還途中の、森を抜けた先、開けた野に戦いの跡。 『ダメだったよ。もうもたない。』 音にならなかった呼気が同時に抜けてゆく。ひゅうひゅうと痛ま しく。 『自分で処理をと思ったんだけど‥そんな力も残ってない‥』 いいところに来てくれた。と男は哂った。 『なんで、俺だって分かったんだってばよ‥』 見当外れの問いだっただろうか、男は一瞬間瞠目して、それから くすりと笑った。 『分かるわけないよ。ただ、思い出してたんだ‥。思い出して、 そしたら‥呼んでた、みたいだね‥』 うずまき ナルト… 君の名を知らぬものはもういない。 さぁ、と促す声に逆らうことができようか。 『たとえば僕が』 たとえば‥か、 たとえて、そうしてお前は ナルトは己の腹に手をあてて、まるでなんでもないとでもいう風 に云った。 「たとえば俺が、こいつに喰われるようなことがあったらさ」 ネジが俺を殺してくれる? 持ち上げた目蓋の先、映ったネジの顔は酷く苦しげに歪められて いた。 切なさで人は死ねる。 「ナルト…」 肩口に埋められていたネジの顔が持ち上がり、正面から瞳を見据 える。 それはそのままゆっくりと間を詰めて、ナルトは既に馴染みとな ったその感触に目を閉じた。 お前の云ういつか来るかもしれぬ日はきっとこの手が完成させる のだろう。 けれどその後この腕は己の頸に伸びるはず お前のいない浮きの世に残る幾ばくかの未練さえ、我が身を責め る喪失感を慰めるものになるはずがない。 終 分かりにくい話ですみません。ここで冒頭の件に繋がります。 ナルトの回想は冒頭意外時系列逆で、ネジとの会話は冒頭以外通 常進行です。(余計分かりにくい…) 幸完じゃないけど悪完でもないんであげてもいいかなと思ったの です‥が‥ 20040929 耶斗 |