カカシ先生がいなくなった。




   失せ物探す人




別にどうということでもないけれど。元生徒の現担任がいなく
なった。
別にこれといって特別なこともないけれど。可愛い元生徒が泣
きそうな顔で家のドアを叩いたらそら誰だって驚くでしょう。
別に大したことではないのだ。あの人の居場所なら簡単に割り
出せる。
というか検討がつく。熟知してる?兎に角分かってる。






「カカシ先生。家出紛いのことはやめてくれませんか。」
はたけカカシという上忍は、元からの性分か、暗部上がりとい
う経歴からか、余るほどのねぐらを持っている。
‥癖にその何処に帰る気もないらしい。
イルカは己の職場、アカデミーの裏、やや奥まったところの藪
に分け入っていた。
「家出だなんて人聞きの悪い〜この状況見ていってんですか〜
?」
いけず〜と、いかにも死にそうな声で片目だけをさらした男は、
仁王立ちで己を見下ろす教師に唇を尖らせた。なるほど枝が日
をさえぎる森の中でも、その顔は確かに蒼褪めて見える。
「動けないなら動けなくなる前に式のひとつも飛ばしとくもん
です。それをしないから家出だというんです。」
ともすれば、弾性に従ってイルカの進路をふさごうとしている
椿の枝の間に身体を滑り込ませ、日から隠れるように背の高い
草のなか、人一人分の穴を作って寝そべる男の鼻をつく血の匂
い。
それに顰めていた眉をさらに寄せて、手をのばす
「血が止まってません。止血をしなかったんですか?薬を塗ら
れていましたか?」
やや声音を変えたイルカが傷の具合をよく見ようと、男の手が
押さえる脇腹、周りよりも余分に赤黒く染まっているそこに目
を近づける。男の側についた膝が、布をとおして濡れた感触を
感じ取り、あぁ嫌だなとイルカは溜息を吐いた。
「早く治療をしなければ。医療忍者を。」
云ってイルカの両手が印を組む。そうしてゆらりと陽炎のよう
にあらわれた白い鷺。
行け、と息を吐き出すようにして命じたイルカの声にそれは木
々の合間を縫って高く飛翔した。

「相変わらずいい手並み‥」
目でそれを見送ったカカシはどこかうっとりとした声で云う。
「喋らないで。」
諫めるように、実際諫めて、云ったイルカはもはや己の腕すら
満足に動かせないらしいカカシの手を傷の上からどかし、より
丁寧に程度を診る。そうして小さく頷き、己の袖を破るとそこ
に強く押し当てた。それからそこ以外にも負っている傷を探し
てひとつひとつ具合を診ていく。イルカの目が反射する光は、
それらがさほど危険ではないと教えていた。

「先生って‥ホント面倒見いいですよねぇ‥。ダメですよぉ‥
だから俺甘えちゃうでしょ。」
「喋らないでと云ったでしょう。私がここへ来たのは度重なる
偶然とその結果です。」
「はは‥ホント、アンタって面白い‥」
そうやって後何度助けてくれるんですか?
空気を震わすだけの声もイルカの耳には明瞭に侵入する。だか
らこの男の声は嫌いだ、と思いながらイルカは男の外界に晒さ
れた片目を空気からすら守るように手を被せた。
「喋らないでください。ほら、医療忍者の方々が到着しました
よ。」
わずかに聞き取れる樹上の葉の擦れあう音。風のためではない
それにイルカはほっと息を吐く。
はやくこの男から。この全身血まみれの迷惑この上ない疫病神
から。
開放してくれ。


己の背に降り立った気配と、隣からのびた腕にイルカはカカシ
の脇腹を押さえていた手を放し腰を上げた。
手際よく止血をすませ担架にカカシを乗せた2人の男は、イルカ
に一礼すると登場したときと同様音もなく消えた。ただ後方か
ら鳴る木々の間を駆ける微かな音と去り際に男が残した耳にし
つこく残る声だけがイルカの居る空間を支配していて。

じゃあねイルカ先生。またヨロシク

何がよろしくだふざけるな。元生徒が駆け込むたび、血の匂い
を感じるたび、あんたの姿を見つけるたび込み上げる嫌悪感と
焦燥感と恐怖感を後どれだけ突きつける気だ。







アンタを探しにいくのは元生徒をアンタが引き継いだという偶
然と、元生徒が俺のところへ駆け込むという偶然と、たまたま
脚を向けたところにアンタが居たという偶然が重なっただけの、
ただの偶然の産物で。
お約束のようになった失せ物探しに毎回駆り出される俺を哀れ
んだなにかが助けてくれてるだけなのだ。
きっとそれだけなのだ。


だから頼みますから銀髪のアンタ。隻眼のアンタ。写輪眼のア
ンタ。
オレを煩わせるのはこれっきりにしてください。
そう何度も頼んでいるのに、まるで楽しんで俺を呼ぶ。
あぁ違う。呼ばれたんじゃない。呼ばれるわけがない。呼ばれ
たところで分かるはずがない。


だから これは 偶然なんだ。







偶然でしか ない はず なんだ 。










 終


突発ss。アフタヌーン11月号で新連載の告知にあった『身近
な人がいなくなり』ってフレーズが‥なにやらこんな妄想に‥。
人いなくなって自然なのはカカイルかな、と。(ぇ)


   20040925  耶斗