逝ってしまった人への10の言葉 四イルベースのカカイル 01:Dearest 恋しい 02:Selfish man 勝手な男 03:Till the end of time 未来永劫 04:Whitewash 奇麗事 05:Waiting in vain 待ちぼうけ 06:Just fantasy ただの夢 07:If in rain 雨の中なら 08:The flower which withers 枯れた花 09:Please leave only some one before ... 何か一つだけ、残していって 10:Word of separation 別れの言葉 『unskillful』様配布 01: Dearest 針金のような雨に手を伸ばす。軒の分だけ遠い雨。肌を打つ雫に、しかし少年の微睡は解けない。湿る畳に着物の裾を肌蹴た足を投げ出し、もう片方の手も窓の桟に持ちかけしどけなく壁にもたれて結ばれない焦点は、鬱蒼と緑の茂る庭木の上を彷徨う。 男の手が頬を、耳を、髪を滑る感触。 その熱を思い描いて、少年は目を閉じる。 『愛おしい‥』 息を吐き出すように紡がれた熱っぽい男の声が、耳殻を擽って。 やめろ、と少年は声を荒げて叫びたかった。 目の奥を押しつぶすように堅く堅く目蓋を閉じ、だんだんと意識が己を見つけるのを待った。 少年が、そうして明るい空から落ちる雨と湿り気を帯びる冷気と部屋に凝って落ちない過去の残滓に、囚われるまいと抗っていれば 庭先から踏み石を渡る人の声。 それが少年の手を伸ばす窓の傍に立ったころ 「イルカ」 呼んで、それがあんまり頼りなく、哀しい様子だったので 「心配しなくていいよ。カカシ」 伸ばす腕に額を押し付けたイルカはこっそり哂ってそう応えた。 思い出す、だけだから 思い出したいだけだから 感傷が己を生かしてくれる。 「夏が、来るね‥」 鈴の鳴るような声零した唇は、やんわり笑みを象っていた。 あの人を失って、3度目の夏だ。 02:Selfish man 里の技師と謳われるはたけカカシが今ご執心なもの。 教職と受付を兼任する中忍。 今日もあの手この手で誘っては素気無く、柔らかに断られ。 しかし深追いすることもなく、実に引きよく諦める。 「よ、今日で何敗目だ?」 「うるさいよ、アスマ。い〜の、俺は持久戦なんだから」 嘘付けお前は速攻喰いだろ。 なんて悪友の言葉は聞き流して、ぶらぶら面倒そうな足取りで里一番の稼ぎ頭は受付を後にするのだった。 ただ、マスクに隠れた唇だけが彼の心を如実に顕し。皮肉めいた哂いで歪められていた。 カカシが受付の中忍を追いかけているということに、人々は初め首を傾げもしたけれど。その軽薄な誘い腰が、なるほど単なる戯れか、と今では見向きもしなくなっている。 顔を見たら挨拶を交わす知人の如く。顔を合わせれば誘ってみせる児戯なのだ。 それは一つの定例、習慣と認識されていた。 だから皆驚いたのだ。 いつもの如く受付に現われた彼の上忍が黙々と仕事をこなす中忍に遠慮する風もなく声をかけるのに、常なら社交辞令でもって受け答えするだけの中忍が 「カカシさん」 と彼の名を呼び 「どうぞ」 と傍らのバックに身を屈めたかとと思うと四角の包みを差し出してそう云ったから。 「ありがとうございます」 そしてそれを、なんの動揺なくにこやかに上忍が受け取ったから。 だってそれっていわゆるあれでしょお弁当ってやつでしょ? 一切の作業を止めて注がれる視線に気づきもしない素振りで、カカシはいつもの如く身を返し、イルカもいつもの如く仕事に戻った。 丁度それを入り口で見ていた彼の悪友が、タバコの灰が落ちるのにも気づかず突っ立っている脇を、受け取った包みをさして大事そうにでもなく結び目をもったカカシは通り抜けた。一度も目を合わせはしなかったけれど、アスマにはカカシが酷く上機嫌であることが分かるようだった。 里の技師は人ひとりいない廊下で一人ごちる。 「ほんと、なんて勝手な人だろうね」 楽しそうに口角を持ち上げて。 勝手、気まぐれ、我侭な貴方。 その癖まだまだ直りそうにありませんか? それとも直す気さらさらありませんか。 楽しいからいいけどね、と 俺も直らなくていいと思ってますけどね、と 謡うように呟きながら、軽やかな足取りでカカシは久方ぶりに味わえる遅い昼食を摂りに中庭の大樹の枝へ向かった。 03:Till the end of time 『太陽は永遠だと思う?』 若い肢体を大きく広げたイルカが、天上の太陽を指して振り向いた。 『どうかな。イルカはどう思う?』 『俺はカヤクに訊いてるのにっ!』 強い日差しに塗りつぶされた影となったイルカは男の数十歩先にいた。憤慨したように可愛く唇を尖らせる子供に、男は楽しげな声で笑って 『永遠だと思うよ』 ギラギラと、地を焼け焦がすような灼熱は、再生さえ許さぬ頑強さで陽炎に揺らめいている。 『夜が来て、死んで』 己に従うものだけに再生を 『朝が来て、生まれなおす』 王者の傲慢さで支配する 『太陽は、永遠だと思うよ』 変わらず、君の上で輝き続けるよ。 『言ってる意味わかんないっ』 ますます唇を尖らせ、さらに眉間の皺まで付け足した子供に、やっぱり男は笑ったまま 『そうだね。きっとそのうちわかるようになるよ』 また‥、とイルカは思う。 また、この男は「そのうち」「大人になったら」という自分を侮る言葉を使う。それが面白くなくて、イルカはカヤクに背を向け道の向こうを目指し駆け出した。 『イルカ‥っ?』 少し、驚いたらしい男の声に、イルカはしてやったりと笑ってやったが。所詮走り比べて勝てるものではないと知っているから、言い訳の意味もこめて全力からは緩めていた。 太陽が、熱い。 背を焼く太陽に、翻って風を孕む服の裾が心地好い。 滑らかな黒髪を、頭皮を焼く熱と、こめかみから滑り落ちる汗と。一瞬間、背の向こうにいる彼の存在を忘れた。 風を振り切る腕と足。 小さな体が突然浮き上がり、突如として消失した地面にイルカは狼狽したが、すぐにその犯人を見つけて怒ったような顔をつくって振り向いた。 『いきなり走り出さないでよ。驚いちゃうでしょ?』 少しだけ下がった眉に、子供の気分は浮上したけれど。自尊心はまだ足りないと貪欲に。 『そんな顔しないで。ね、冷たいものでも食べに行こうか』 『‥かき氷が食べたい』 不機嫌だぞ、とアピールする声を絞り出すイルカに、カヤクははいはいと笑って、イルカの体を抱きなおした。 『暑いよカヤク‥』 『我慢してよイルカ。また走り出されちゃかなわないから』 カヤクの首にしがみ付くように腕を回したイルカは、揺すられる振動に睡魔を誘われるようで目を瞬いていた。 『太陽は、永遠だと思う?』 太陽の落胤だと信じて止まない子供が男に問うたのだ。 04:Whitewash 腕に納めた身体が小さいことを確かく認識するたび、カヤクは泣きたいような、許しを請いたいような気持ちになる。 「カカシ、そこにいるんでしょ?」 褥から身を起し、単衣の帯を直しながらカヤクは立ち上がると、窓の障子の向こうにいるらしい弟子の気配を呼んだ。 されば応えるように窓の障子が音もなくすべり、俯いて顔の隠れた銀髪の少年が現れた。 「何を隠れてるの。入ってきて良かったのに」 優しい師匠はそう云って、カカシの気持ちを癒そうとしてくれるけれど。それは自分が与えられるには過ぎた光栄だと、カカシは恐縮するのだ。 「昼寝されてたんでしょう‥?」 カカシは顔をあげない。否、眼を上げない。 見たくはないから。 「まどろんでいただけだよ。それに、仕事の合間の小憩のつもりだったから」 大好きなはずの、尊敬してやまないはずの師匠を嫌いになってしまう因子が、そこに眠っている。 「師匠」 「ん?」 じっと考えるように口を噤んでいたカカシが次、紡いだ言葉は決然とした忍の声で。 「3代目が、お呼びになっています」 「うん」 彼の師匠もまた、カカシの上司の顔を被って彼の言葉を受け取った。 支度をするため奥の間へ入っていく師匠の背中を見送るため思わず持ち上がった視界に、内掛けに包まり此方に足を向け眠る子供の小さな膨らみが掠めてカカシは咄嗟に眼を逸らそうとしたけれど。 丁度折りよく振り向いた師匠と眼があって、結局それは視界の端に留めたまま排斥できなくなった。 「なん‥ですか‥」 喉の震えは、けして声をだすそれだけのものではなく。 「ううん。直ぐ用意するから玄関で待ってなさい」 渇く喉は押下する唾液にも引き攣って。カカシは優しげに掛けられた師匠の言葉に大人しく従った。 去り際にカカシは、イルカを二度見ることを拒んだ。 怖い、人。 尊敬してやまぬ、偉大な、人。 踏み石を渡り玄関に回りながらカカシは、かの子供を誰ぞの眼にも映すことを拒むような己の師匠に微かな憧憬と嫉妬を抱いていることをしくしくと感じていた。 05:Waiting in vain 火影の館である門前で、辛うじて雨を凌ぎながらイルカは膝を抱えて座りこんでいる。 その傍らに音もなく降り立ったのは、彼の友達というには余りに曖昧な関係のカカシだった。 「カヤク‥まだ?」 「もう暫くかかりそう」 消沈したようなイルカの声に、カカシは雨空を見上げながら応えた。 「なんの、お話してるの?」 「俺が聞けるような話じゃないのは確かだよ」 「‥‥‥疲れた‥」 もぞりと頭を腕の間に埋めるイルカを、カカシはその眠たげな眼で見下ろして。けれど何とも応えなかった。 「長いなぁ‥」 こんなに待たされるのは嫌いだよ‥。 イルカの声が泣いているようだと、カカシは僅か動揺を眉根に顕したけれど、触れることはおろか、こうして話すことさえ許されいない自分に何ができる、と再び視線を空へ戻した。 言葉にして禁じられたわけではないけれど。 態度にして示されたわけではないけれど。 これは、カカシなりの、師匠へ対する敬意の証だった。孝行だった。 日暮れが近くなった、色の移ろい始めた空を見上げて。己の胸中が晴れぬ雨のようだとカカシはひっそりと吐息した。 → |