「レン」
呼ばれて振り返ればいつも




 新製品
 



「っ!」
「新製品v」
美味いだろ。
ぱくぱくと開閉を繰り返す口は男の名を呼びたいらしいの
だけれど、真っ赤な顔は呼吸も満足にできないようで、一
向に声らしい声をあげる気配はなかった。







冬のさなかでありながら春さながらの陽気にいつにもまし
て暢気な態で三橋は久しぶりの休みを噛み締めていた。つ
まりは友人との待ち合わせ。
――どうせお前はひとりで練習でもするんだろう?
休みをいいわたされた練習後の賑わう部室、ユニフォーム
を脱ぎながら明日の予定について話あっているチームメイ
トたちの言葉に耳をかたむけていれば、ふいに隣で同じく
着替えていたキャッチャーが口をひらいた。
――そして指定球数こえるんだろう。
明日は休日だ。完全休息の日。だから‥
――みんなで遊びにいくんだよ!
と先の人物の言葉を遮って元気に背中に飛びついた、己と
似た背丈のクラスメートに首をめぐらせば、いくよな?と
否の返事をまったく考えていないらしい輝く瞳。えてして
相棒のキャッチャーに既におされつつあった三橋は分けの
わからないままにことんと顎を落としたのだ。




待ち合わせ場所は駅の出口で、三橋は屋根をささえる柱の
ひとつに寄りかかって立っていた。今では榛名がその隣で
背中を柱にあずけている。
榛名は目立つ。その長身も顔のつくりも存在感も並をはず
れているのだ。だから三橋は榛名とふたりきりでいるとき
でも緊張がとけることはないというのに、それが衆目にさ
らされる場となると周りの目もあって異常なほどに緊張す
る。三橋が素直に行動できるならきっと彼はその場から逃
げ出している。
三橋の隣でまたひとつ袋の破られる軽い破裂音がした。
「も一個いく?」
榛名が菓子の小袋を開けたのだ。箱に詰められひとつひと
つを包装されているそれは今冬発売のチョコレート。それ
を口に放り込みながら彼は三橋にむかって首をかしげ哂っ
てみせた。
三橋は左右に大きく首をふって丁重にお断りする。いかな
手段をもってしてそれを己にくれるというのか。
三橋は榛名の常識を疑うということを最近やっと覚えたば
かりだ。
「あ、あの‥‥なんで」
「ここにいるかって?」
こくこくといっそ恐々としているように頷く。
「普通に歩いてただけだけど。」
お前がいきなり現れたんだよ
歯をみせて笑うのは別段彼に限られたわけではないのだけ
れど、三橋はその笑い方は実に榛名らしいと思っていた。
それが彼の笑い方で、彼だけの笑い方だと。
だから三橋はつられてはにかむように笑う。溶けるように
とはまさしくこの様だと榛名が示せるほどに柔らかく顔の
筋肉をほぐれさすのだ。
「レンさー」
ふいと目を逸らした榛名に首を傾げて次の言葉を待ってい
ると、ぐいと肩に腕をまわされ身体を引き寄せられた。
「え!?は 榛名 さ‥?」
「こんだけ待ってまだ相手こねぇんだろ?」
だったらさ

「今日は俺に付き合えよ」

皆がまだ来ないのは俺が早く着すぎたからで
約束の時間までまだあと10分以上あるし
頭を占めるばかりで口をついてでてこない言葉たちをその
ままに三橋は足をもつれさせながら榛名に肩をひかれるま
まなんら抵抗らしい抵抗をできなかった。
「え?え?は 榛名 さん!?」
もはや鼻歌さえ歌いだしそうなほどに楽しげな榛名の顔。
屋根の下から抜け出て人混みへ身を滑らす一瞬、三橋の頭
の向こうに可愛い後輩の姿を見とめてうっそうと微笑んだ。







いやだって、丁度新発売のチョコ菓子買って喰ってたとこ
ろにいつもたまたまタイミングよく目の前に現れるものだ
から。
こりゃこの至福を分けてやらにゃと
思うわけだ

ついでに拉致るのは惚れちゃってる身として当然の行動だ
ろう。
ご愛嬌。






 終

久しぶりだ‥。
おりしも今日はクリスマス・イブ。
だったらもっとラヴれ!とか貶さんといてください。
これ書いてたのホントは12月半ばでラストが思い浮かん
でなかったんです‥。

 20041224 耶斗