オレのもんになれよ

そうすれば愛してやるし優しくしてやるし守ってやる

『守ってやる』? 何から?



オレから




   相反する感情の集合体




掴んだ腕はあまりに細く
引き起こした身体はあまりに軽く
己を見上げた瞳はあまりに頼りなげで

魅入るにはその一瞬だけで十分だった。






人の輪に溶け込むのは得意だ。
榛名は喫茶店に西浦メンバーの幾人かが集っている中に混
ざっていた。
阿部は終始不機嫌な顔をしていて、榛名がそれを揶揄るの
に険呑な気配を発しては栄口に宥められ、他のメンバー、
田島は当然のごとく、花井、栄口も割りとすんなり榛名を
受け入れた。
ただ、人より何倍も人見知りの激しい三橋だけは、一度会
っているにもかかわらず、全く口を利けないでいる。


榛名の来る以前、阿部は三橋を内側に2人並んで座り、後
の3人は田島を真ん中に花井を窓際にして座っていたので
榛名は自然三橋の隣に腰を落ち着けることになる。
阿部は頬杖をついて窓の外を眺めているし、3人は榛名と
談笑している。だからその中に入れない三橋は俯いている
しかなかった。
「なぁ、三橋はどう思うよ?」
たまにグラスに手をのばしてはちびちびと舐めていた三橋
に唐突に話をふったのは榛名だ。
「おい、三橋?でいいんだよな。」
とっさに顔を上げたはいいがやはり何もいえずはくはくと
口を動かす三橋を榛名は覗き込む。それにまたうっと詰ま
って三橋は上体を引いた。
「ダメっすよ榛名さん。三橋人見知り激しいですから。」
笑って手をふるのは栄口で、それは三橋への助け舟だった。
そうだというのは云った後に三橋に顔を向けて笑ってみせ
たからだ。
「ふ〜ん。センサイなんだな」
そのいい様はけして悪い言葉を使ったのでもないのに三橋
を萎縮させるものだった。
けれど榛名はいい人だと認識している三橋は気のせいだと
猫背になる姿勢を正した。
阿部はそれを横目でみていた。







便所に行きたい、阿部がいい、彼がテーブルを離れて壁の
向こうに消えたとき三橋もまた「おれも‥」といって立ち
上がった。
榛名は阿部が三橋に何事か囁いていったのを見ていたから、
それがあの中身なのだろうと推測しながら通路に出て三橋
を通してやったが、ソファに戻って一言三言3人と言葉を
交わすと「やっぱオレも」と席をたった。
「もらいションっすか?」などと哂う田島が花井に叩かれ
るのに笑いながら。


店のトイレは一人用だ。ドアをくぐったそこに洗面台があ
り、隣に便座の個室がある。だから中で待っても外で待っ
てもいいのだが、三橋がドアの外にいないのを見て口角を
吊り上げた。
ほら、やっぱりな
ドアの手前の壁に凭れて、ポケットに手を突っ込んだ。ト
イレのなかでは何事か話しているのだろう。店内の喧噪で
それは聞こえないけれど。
榛名はトイレの場所を隠すように植えられた観葉植物の間
から2テーブル向こうの外を眺めた。


そう長くない時間が経って、ドアノブが押し下げられる。
出てきたのは阿部一人で榛名をみるとわずか瞠目したが、
何も言わずに通り過ぎた。
2人で出るのはさすがにまずいと思ったか。
榛名は口を歪めると閉じたドアに手をかけた。


中にいた三橋は個室に入ることなく壁に背をあずけていた。
ドアが開かれたのを察して顔を上げた彼は目を見開く。
「は、榛名 サン‥」
「んだよ。トイレ入んねぇの?」
心底不思議だという顔をして訊ねれば蒼褪めた顔をして。
「は はい。スイマセン‥」
すぐ出てきます。と足早に脇をすり抜けようとした身体を
壁に押し付けた。
「別に謝んなくていーよ。」
知ってたし。
哂った顔はひどく凶暴で、三橋はひくりと震えて固まった。





オレのもんになれよ。
そうでなければオレはお前を傷つける。
優しくしたいと思うのが人情だろう?





痛い、と震えた声に手に力が入っていたのだと知る。けれ
ど力を緩めることはなかった。
押さえた肩も小刻みに震えていてそれが嗜虐精神を煽って
しようがない。

優しく したいんだよ

「三橋」
目元で囁いた声は静かで、まるで己の声ではないかのよう
だと榛名は目を細める。
そのまま柔く歯を立てて、唇を触れるか触れないかのとこ
ろで留めて頬に滑らせた。
そうして視界にはいる紅い唇に噛み付くように口付ける。
「ん、ぅ‥」
目の前の貌が信じられないと目を剥く。
身体を押さえつけていた手を柔らかい髪の中にさしこんで、
ぐいと仰向けた。
仰け反るように上向いた身体を抱きすくめ、同時に開かれ
た歯の狭間に舌を差し込む。
噛まれやしないかと、そんな考えが頭をよぎったけれど、
それもいいかと目を閉じる。
奥で縮こまる舌を舐めて、逃げようとするのを追いかけて、
苦しげに漏らされる声に余計に放せなくなった。
はたりと腕に冷たい滴を感じて目を開けば、睫を濡らして
硬く瞑る目。



優しくしたい

だからオレの腕に抱かれていろ



つ、と糸を引いて榛名は唇を離した。







『2人とも遅ぇなー』
何気なかったろう花井の言葉に、何故だか嫌な胸騒ぎがし
て駆けつけた扉を荒々しく開けば、そこにひとり蹲る三橋
の姿。
「三橋?どうしたんだ?」
腕の中に顔を隠す三橋の肩に手を置けば、びくりとはねる
小さな身体。
「三橋?」
泣いているのか?
阿部は訳が分からなくて、けれどそこにいないもう一人の
姿が脳裏にちらついて仕方がなかった。













「オレのもんになれよ。‥レン」
三橋は未だ、最後に囁かれたその言葉を耳から振り払えな
いで泣いていた。








 終

お久しぶりの 横 恋 慕 ☆ イエァ!
楽しかったです。
しかしアベミハ前提になってますかね‥?


20041020 耶斗