夕暮れ純情 元後輩、いや今でもそうだといえるのか、憎たらしいが反面 可愛くもある後輩の現バッテリー。 いつでもおどおどビクビク、手を伸ばせば逃げ出したいとい う顔を隠しもせず震えるくせに、逃げられなくて捕まって。 守りたいなんてくそ甘い感情が俺にあるはずないだろう? 「は、は るな、さ」 怯えた声が挑発する。 「はるな さん」 零れる涙が誘う。 「はるなさん」 もう耐えられないと、力の限り己を押しのけようとする腕が どうしようもなく官能的。 あぁ、オレはビョウキなのかもな。 「ミハシ‥」 その囁きは三橋にとって、絶望以外の何者でもなかっただろ う。 俺がやめると思う? 見開いた目一杯に映る己の姿に、酷く満足感を覚えた。 初めて会ったのはどこだっけ? 多分球場だ。目の端に映ったような映ってないような。タカ ヤしか興味なかったから覚えてるはずがない。 また随分と生意気になっていた後輩を思い出して自然、唇が 歪む。 苛めがいがある。けれど、今は少し邪魔かな。 二度目は確か駅前だ。ぶらついていた目の先に、人混みの中、 可愛い後輩と並んで歩く後姿を見つけた。 当然先に目を引くべきなのは見知った黒髪のはずなのだが、 なぜだか隣の栗色に。頭が動いて、横顔がちらりと見えたせ いかもしれない。 情けなく垂れた眉と、いかにも弱弱しい瞳に捕えられた。 なにか必死に話そうとしている栗色に、黒髪が我慢の限界に きたのか横顔を見せた。が、その表情はけして不機嫌のそれ ではなく、己が一度も見たことのなかった穏やかな、そう穏 やかだと表現するに相応しい、欠片も記憶に刻まれていなか ったそれ。 その瞬間に理解した。理解すると同時に興味が沸いた。 お前にそんな顔をさせるそいつは一体なんなわけ? 笑っているあいつはつまらない。ダメだろお前、そんな幸せ そうな顔してちゃ。 もっとドン底そうな面してなきゃ。 つまんねぇよ。 遥か向こうに小さくなった2人の影と、肩にぶつかりながら通 り過ぎていく人間たちに、いつの間にやら歩くことを止めて いたのを知った。 今でもその画は思い出せる。 夕暮れの紅い世界で、金色の光をあびながら遠ざかっていく 2つの背中。白い制服も橙色に染まって、横顔も橙色に染まっ て、ただ無造作に撥ねる柔らかそうな髪だけが黄色に、金色 の光を振り撒いていた。 焼き付いた記憶は剥れることなく、むしろ今もまだ血を流さ せんばかりに焼き付ける。 この記憶を押し付ける手がなんなのか、それを知りたいと思 った。 近づくのは案外簡単。 信用させるのも勿論簡単。 手に入れるのだって、 簡単 だと 思ったんだ。 3度目は、偶然を待つ等せず。自分の練習をサボって二駅向こ うの学校まで。 型の異なる制服はそこに辿り着くまでにも人目を引いたが、 問題なく校内に入れた。 耳に馴染んだボールの音を追って、グラウンドも難無く発見。 木々の間に身体を割り込ませ、フェンスごしに練習を眺めて、 目的の人間が見つからないことに別メニューをこなしている のかと身体をずらしてさらに広く眺めれば離れた場所に2つの 影。それににんまりと唇を歪めて、フェンスに沿って奥へ進 んだ。練習に身を入れているらしい部員たちは榛名の存在に 気付いていない。 やがて別枠で投球練習をしている2人組が見えてきたが、直接 声をかけるのはまずいことに気がついた。まだ互いの顔を認 識できるまでの距離には来ていないが、今己に背を向けてい る捕手はあからさまな態度だろうと自分から逃げるはずだ。 相棒の投手も連れて。 それは非常に困る。 だから榛名は向きを変えると、帰路に着こうとしているらし い校内の人間を適当に見繕って声をかけた。 「え、あ、あれ」 特に疑問符というわけでもない。第一声はそれだった。 「よう」 グラウンドから覗けないところにある校舎の影で、おそらく ツツジらしい木が植えられている花壇に腰掛けていた榛名は 片手をあげた。 「あ、あう‥は、はるな‥さ‥?」 ぱくぱくと、息が吸えないかのように口を開閉させて三橋は 校舎の角に立ちつくした。 「なんだ、俺のこと知ってんの?」 軽く瞠目するように目蓋を上げて、努めて友好的に、私は何 も悪いことはしませんよ、といった顔で立ち上がる。 動けないらしい三橋の代わりとでもいうように、悠然とした 足取りで近づいて。 なにより、三橋の立っている場所はまだグラウンドから望め る場所だ。 榛名は三橋の腕を引いた。後退りもできずに突っ立ったまま、 また大きくなる榛名の影を見守るだけだった身体は、抵抗な く前に傾いて、校舎の影の中に納まった。 2,3歩よろけた身体はそのまま榛名の胸にぶつかることはなか ったが、なかなかの至近距離で踏みとどまる。 「‥‥‥‥っ!!」 毛を逆立てる猫よろしく、全身を硬直させて三橋は正面を向 いたままの顔を動かせなかった。その目線に榛名の顔は入っ ておらず、だから榛名はその視界に入るようにひょいっと身 をかがめた。 それにまた、満面で緊張どころか恐怖を表す元後輩の新しい 相棒に思ったままの笑いをこぼした。 「そんっな怖がんなよ。何もしやしねぇって。」 三橋の目に映る自分の姿をはっきりと確認して 「俺の名前知ってるんだな。でも俺お前の名前知らねぇんだ よ。」 教えてくれねぇ? その貌は三橋を怯えさせるものでしかなかったけれど、その 声音は己を宥め様とするもののように響いた。 「なぁ、俺お前に興味があんだよ。色々話してぇしさ。名前 ねぇと不便だろ?」 嗤う口と軽い口調。三橋の心臓もだんだんと落ち着きを取り 戻してきて、それと同時に目の前の人間が礼を尽くすべき相 手なのだと思い出す。 「う、あ、み 三橋、廉‥です」 「三橋廉‥ね」 それににっと口角を持ち上げて 「じゃあ、廉。俺今日暇だからさーお前の部活終わんの待っ てるわ。一緒に帰ろうぜ。」 じゃあな。と前髪をかきあげるように三橋の額から頭へ掌を 滑らせて脇を抜けた。 影から日の下に身体を晒して、あぁそうだと、三橋を振り向 けば三橋も丁度練習に戻ろうと身体を反転させたところで、 驚いたように見開いた目にまた口を歪める。 「他の奴等には内緒な。」 念を押すように指を指した。 慌てた様子で何度も頷く三橋を目の端に捕えながら、榛名は 顔を正面に戻すと落ち着いた足取りで校門へ向かった。 日も大分傾いたころ駆けてくる小さな影を見とめた。 冷たい石の感触を背に受けながら榛名はその影が手が届くほ どの近くに来るのを待った。 「す、すいませ‥ま 待ちました‥か‥?」 不自然なほど眉を垂れさせて訊く少年に、いいや?と嗤って その見た目通りに柔らかい髪を撫で付けた。 「随分早かったじゃねぇの。他の奴等全然みてねぇぜ?」 「あ、ま 待ってる‥って、聞いたか、ら。」 頭を撫でられることに羞恥を感じているのか俯き加減に、だ から急いで来たのだと、そう続けたいらしい少年に笑んで 「じゃあ行くか。どっか寄って飯食っていこうぜ。っつかあ ったかなこの辺に。」 歩き出しながら、最後は考えるように呟いて、自分が来た道 を思い出してみるが、コンビニくらいしか見た覚えがなかっ た。 「廉はここら辺何かあんの知ってるか?」 身長差のせいで多少見下ろすようにしながら隣に目をやれば 「え、う、な‥ない、と 思いま す‥」 縮こまるように肩を竦めた三橋が応えた。その様子に、まだ 緊張しているのだと思い至る。 それでも意に介した様子もなく、顔の位置を戻すと 「んじゃ駅前まで行くか。どうせ俺も電車乗んなきゃいけね ぇし。」 廉は?都合つくか? むしろつかせるつもりで榛名は少し後れてきた三橋に振り向 いて尋ねた。 「あ、は、はい。電話‥しないと‥」 振り向いた榛名の意図を汲み取ってか、小走りで隣に並びな がら榛名を見上げて応えた。 「じゃ決まりな。今日はおれに付き合えよ。」 隣で鞄を探る三橋を横目に見ながら、駅に方向を定めた。 そういえば、廉の家は反対方向だったかもしれない。 まぁ、いざとなったら送ればいい。男相手に送るというのも 妙な話だが。 そんなことを考えながら、榛名は駅周辺にある店を思い出し ていた。 結局学生の懐に優しいマックに決めて、奥のボックス席に腰 を落ち着かせた。 注文したハンバーガーを頬張りながら、なんてことはない話 題をふり続ける。 もそもそと齧っていく三橋は、榛名が2個目に手を伸ばしたと きにもまだ半分ほども食べ終わっておらず、それでも榛名の 問いかけに一生懸命応えようする態度は知らず頬を緩ませた。 ジュースをストローで吸い上げながら、三橋が食べ終わるの を待って、空になった包みを丸めている三橋に 「今度の土曜俺んちこねぇ?」 とストローは唇につけたまま尋いてみた。尋ねるというより も誘いのそれに 「う、え?で でも 土曜、は 練習‥ある、し」 「練習終わってからでいいよ。迎えにいくし。な?」 同じく練習のある、いやそれ以上に他人に自ら親切を働こう とはしない榛名にとって、例えどんなに強引なものであれ、 それは破格の申し出だ。 元来押しに弱い三橋である。むしろ逆らうことを極端に恐れ る彼は、榛名の再度答を求める声に頷くことしかできなかっ た。 今日は木曜日。 一昨日の約束通り、同じように校門で待っていた榛名に三橋 は驚いて、そして慌てて駆け寄った。 「よ、一日ぶり。」 目の前で息を整える三橋に、親しげに手を上げて 「俺んちここから駅2つ向こうだからさ。親に泊まってくって 電話しとけよ。」 その言葉は榛名を校門にみとめたとき以上に三橋を驚かせた。 しばらくは声もなく、手を引かれるままに歩いていた三橋だ ったが切符を買う頃になって 「は、はるな さん、は れ、練習 は‥?」 駅2つも渡って来たのなら、練習がひけてから来たはずがない。 それをしめそうとしたのだろうけれど 「途中で抜けてきた。」 その言葉にまた絶句した。 「俺んち出張とか泊り込みとか多くてさー。大概誰もいねー の。」 真っ暗な家の中を2階まで上がって、部屋の電気を点けたと ころでそう云った。 途中、ファーストフード店に入り夕食を済ませたために随分 と晩い到着となってしまった。 家の構造を全く知らない三橋は途中何度か階段に躓きそうに なりながら、手探りで榛名の後をついてきた。 促されるまま荷物を置いた三橋に 「シャワー浴びるだろ。着替え貸してやっから入れよ。」 それとも風呂のがいいか? 覗き込むようにしながら尋ねる榛名に しゃ、シャワーでい いい、いいです。 と首と手を同時に振りながら応えた。 そんな三橋に、そうかと嗤いながら今度は廊下の電気を点け つつ風呂場まで案内した。 「使い方は分かるだろ。着替え持ってくっから入ってろよ。」 脱衣所の白い蛍光灯の明かりの下、呆気にとられたように立 ち尽くす三橋に見送られながら入り口の戸を閉めた。 上がってきた三橋と入れ替わりに榛名が風呂場へ向かった。 1人でいる間、部屋の中にあるものはどれでも触っていいか らと一言言い置いて。 そして食うのも早いが湯浴みも早い榛名が部屋に戻れば、部 屋の一切が動かされた様子はなく。ドアから向かって右側の 壁に沿って置かれたベッドの足元に正座している三橋がいた。 「お前ずっとその格好で待ってたわけ?」 呆れたような声で訊きながら、三橋に倣うように榛名も三橋 の斜め前、フローリングの床に尻をついた。 「つか、痛ぇだろ。足くずせよ。」 肩にかけたタオルで、髪に残る水滴を拭いながら促すが、背 をまっすぐに立てたまま、まんじりともしない三橋をいぶか しんで、その腕を取って引いたみた。 「うひッ」 裏返った悲鳴をあげて、肩を撥ねさせた三橋に、あぁと思い 至る 「足‥痺れたのか‥」 馬鹿だなぁと溜息を吐きながら、そのままじゃ余計血の通い が悪くなるだけだろうと、その姿勢が崩れる程度の力で腕を 引いた。そしてそのまま榛名のほうに倒れこんだ身体を抱き 込むようにして受け止めた。 濡れたままの髪から散った水滴が頬にあたって、その一点だ けがひどく皮膚を冷やしたように感じ そしてそれは、あの日みた夕暮れの画を榛名に思い起こさせ た。 「ミハシ‥」 アイツが呼んでいるように、三橋を呼んで。 「ミハシ、お前さ」 黒髪の元後輩にして、元バッテリーの 「タカヤと仲良いの?」 記憶の欠片にもない、穏やかに微笑む横顔が三橋と重なるよ うに目の前にあった。 ダメだろお前。そんな幸せそうな顔してちゃ。 もっとドン底そうな面してなきゃ。 つまんねぇよ 「は、るな さ?」 見上げた瞳は、嫌に澄んでいた。 衝動のままに押した肩は、あっけなく仰向けに倒れて。 そして狂宴が。 ワンコール‥、ツーコール‥、スリーコール‥。 明け方の冷えた空気のなか、窓がとりこむ青い光を被りなが ら上半身裸で、携帯を片手にベッドに寄りかかっている。 乱れた黒髪が悩ましげに顔に散るが、それを整えようとも、 かきあげようともせずに。 ただ電話の向こう、応えるべき人間の声を待つ。 4、5、‥『はい‥』 ダメだぜ?タカヤ。大事な奴の電話には早く出ねぇと。 「はよー。タカヤくーん」 わざとあかる気に出した声は、それに相応しくつくった音そ のもので 『‥ッ、榛名‥!先輩‥』 寝ぼけ声だった声が、途端にしっかりとしたものになる。 「今日レン君部活休むからー。お前副主将なんだって?代わ りに報告頼むわ。」 『あんたそれ三橋の携帯‥ッ!三橋は‥!』 ぷつっと安っぽい音と共に、電話の向こうの声も消えた。 音をたてて閉ざしたそれを、乾いた音をたてる床の上に置い て、 膝にのせた、栗色の髪を撫ぜた。 明け方の淡い明かりを受け、薄青く染まったそれにゆっくり と指を通す。 途中、乾いてこびりついた精液に引っかかりながら、それで も柔らかいその感触に頬を緩ませた。 今ならわかる。あの手は嫉妬と焦燥だ。 ただでさえ白い肌が、病的に青く染まっているのをみて、榛 名は橙色に染まっているそれよりも何倍もいいと笑みを深く した。 終 何様、俺様、榛名様。 そしてMr.横恋慕。 原作超無視。だってコミックスしか読んでないし。(逝ってよ し!) 前作知らないし。第一印象のみで書き殴ってますから‥ 後、制服だとか、駅の位置とか家族とか勝手設定です。当然 のごとく。 学校の敷地もよく分からずに書いてます。 コミックス読んだっつっても友人宅でですから‥。ウロ覚え もいいとこなのです‥ 20040919 耶斗 |