皮膚




 三橋の皮膚は薄い。青い血管が透けて見えるのなんて当たり前だ。
 薄くて、白い。


 あ、という声に振り向けば、派手に茶を零した三橋の姿
 す、すす すみません。
 泣きだしそうな顔で謝りながら、あわあわと何をどうすればいいのか分からないという風に、グラスを持ったまま、辺りをせわしなく目が動く。
 どうやら拭くものを探しているらしい。
 零された部屋の主は平然としているというのに、目に入っていないだろうか。きっと入っていないのだろう。むしろ入っていたらすごい。
 三橋はそういう奴だから。
 パソコンを前にしていた榛名はかけていた眼鏡を外し、椅子から立ち上がった。
 キャスター付のそれはごろりと音をたてて、フローリングの床を滑る。

 だってタオルがない。
 水溜りをつくる床と水を滴らせる白い腕
 下に行けば洗面所にたっぷりとあるが、今この部屋に何か拭くものなんて置いていない。
 ひたり、と裸の足を構わず水溜りに浸して、身を屈めながらグラスをもつ濡れる手を取り上げた。
 榛名さん?
 首をかしげて名を呼ぶ三橋には目をくれず、膝をついた榛名はそこだけ光を反射する腕に顔を寄せた。
 如何せんタオルがないのだ。
 榛名の赤い舌が、流れ落ちようと震える滴を、その滴が描いた軌跡を、舐め上げた。
 はるなさ‥っ
 咄嗟に腕を引き戻そうとするのを許さずに、行き着いた手の付け根、血管の浮き出るそこに音をたてて口付ける。
 頬に触れた、中身が半分ほどになったグラスはまだひんやりと冷たかった。

 はるなさん‥
 グラスを放した、けれど自由のきかない手
 歯を立てた指に漏らされた声は、意志とは関係なかっただろうけれど、榛名を誘う色を含んでいて
 榛名は指の間、付け根に舌を這わせながらもう一方の腕を伸ばし、ふるえる三橋の下唇を抓んだ。
 そうしてゆっくりと頭を擡げて、指2本で捕えた獲物に接吻けた。





  終

拍手小咄から。

2005/07/29  耶斗