---廉
 なぜこの人は己の名を呼ぶのだろう
 三橋はそれが不思議で仕様がない。
 男の口から零れる己が名が、まるで己のものではないようにその色を変えるのに
 その口に、己の名前は相応しくないだろうに

 どうしてそんなに嬉しそうに、俺の名前を呼ぶんですか。



 暑いから、と腕を掴んだ掌は確かに汗に濡れていて
 引き寄せられたタンクトップの身体は確かにひんやりと冷たくて
「榛名さん‥暑いんでしょう?」
 おずおずと、恐いからそう問えば
「あちーから抱きつくんだろ?」
 至極当然の如くに返されて、世間でいうところの常識は攪拌される。
 分りません‥

 エアコンが壊れたと云って笑ったのは、この部屋の主である榛名だった。
 夏休み、球児たちに休みなんてないのだけれど、それでも見繕って手にした休暇。
 大好きな人と過ごしたいと思うのは、誰しも共通のことだろう。

「暑く‥ないんですか‥?」
「んー?あちーよ?」
 優しげな声は眠たげで。
 腕の力は放してくれる気配もないから、三橋は
 いいのかな
 と、乗り上げた榛名の中途半端な胡座の上、耐えていた大腿の緊張を解いた。
 すれば、満足したように榛名は吐息して
 三橋の肩口に顔を摺り寄せる。
「は、榛名‥さん‥」
「んー?」
「暑いです‥よ」
 ぎゅうっと、榛名の首に回した腕に力を込めた。


「廉」
「はい」
「こうやって抱き合ってたらさ」
 汗とか、さ
「溶けてひとつになりそうじゃね?」
 悪戯事を思いついたように笑う彼は、戯言だと片付けたいのだろうけれど


 甘やかな声が、耳元を転がるから

 三橋はうっとりと目を閉じて


「そうなら‥いいですね‥」


 窓から吹き入る夏の微風、混じる男の匂い
 熱
 すべて感じて

 頭の中で弾ける様々の色に微笑する。






08/20の日記より
2005/08/26 耶斗