2.ラストシーン □ □ □ 無駄にも思えるほど広い公園の、丁度真ん中辺り。木立に隠れるようにして鎮座している、背もたれさえ半壊した古いベンチでそいつは泣いていた。 見つけて直の印象 ――――ウザ。 榛名元希。モットーは自由奔放。他人に縛られるなんて考えるだけで鳥肌だつ。そんな彼は目の前の光景に顔を顰めながらも通り過ぎることもできずに足を止めたまま、どうしようか、いやどうもしねぇよ葛藤に頭を掻き毟ってみたりして、そのうちに段々と苛々も募り、あーとかうーとか知らず唸っていれば葉々の擦れ合う音の中からそれに気づいたらしいつり目がぱっと榛名を凝視した。 「あー‥、よぅ‥」 その僅か赤くなった白眼と眼の周りに決まり悪く思いながら、何となく引き攣った笑みで片手をあげた榛名は、その拍子にびくりとはねた薄い肩にやれやれと凝ってもいない頸の後ろを揉み解しつつ宙を横目に眺めながら当初の目的通り足を休めるべくベンチに歩を進めた。 初夏である。湿気もまだ少なく不快指数もさほど高くない。肌を撫でる風は薫たち心地よい。のだけれど、 「‥‥‥‥」 「‥‥‥‥」 浅からぬ面識のある人間同士に沈黙は時として気詰まりである。 「なぁ‥」 「‥ッ!!」 「いや、逃げんなよ。」 声をかけただけで弾かれたように立ち上がった腰をベルトに手をかけて止めると、榛名は引き続く妙な気重に疲れを感じながら少年をベンチの上へ戻した。 「お前何泣いてんの?」 「‥‥‥‥」 じわりじわりとまた溜まりはじめるそれに榛名は心底からもちあがる溜息を飲み込ん出云う。 「別に云いたくねぇなら無理して云うことねぇけどよ‥。見ちまった手前なんつーか‥、なぁ。」 一応知り合いなわけだし‥ 「え‥?」 何気なく付け足した最後の一句に、ようやくの第一声。この期を逃せば次はない。否、帰れない。榛名もまた、驚いたふうな顔を向ける栗色の眼に向き合った。 「だからほらッ、力にはなれねぇーだろうけど(つかならないけど)話聞くぐらいならできっからよッ」 大きく見開いた鳶色の眼から眼を逸らしたいのを耐えて、榛名は無理に笑ってそう云った。 「で?なんで泣いてたんだよ。」 「きょ‥試合、で‥ッ」 「負けたのか?」 細い首が頭を左右に振る。 「勝ったんじゃん。何泣くんだよ。」 呆れながら聞いてみれば 「うた‥打たれちゃ‥って‥」 「はぁ。何回。」 3‥回‥ はぁー これ以上重い息なんて吐き出せねぇ 「そんで?完全試合じゃなかったから?面白くなくて?」 お前けっっっこーーいい性格してるよな。 「違‥ッ違いますッ‥。打たれたの‥、申し訳なくって‥」 「申し訳ねぇ?誰に。チームにか?勝ったんだろ?」 問題ねぇじゃん。 「違います‥。」 阿部君に‥ あ、イラっときた。本日初めて。結構寛大になってんじゃん俺。 「まーたアイツかよ。好っきだよなーお前も。」 「え、えぇえ!?好きってッ!?」 「んだよ。好きなんだろ?はっきし云って異常だぜ?その執着。」 「‥‥‥」 「異常。異様。過剰。ありえねぇってマジで。」 「‥‥‥‥」 ‥やべぇ。泣くかも。 「―――――」 ついにほろりと零れ落ちた滴が膝にしみをつくる。 だってよお前。 そんなん俺面白くねぇんだもん。 「悪かったよ。本気じゃねぇ。」 だから涙拭け。 俺の弱さを引き出すな。 こくこくと何度も頷き、健気にも従おうと懸命に零れるそれを拭い続ける幼い頭を片腕に抱きこむのは、まるで三橋の泣き顔を隠すようであった。そうしながら榛名は胸中を埋め尽くしせり上がる塊を必死に飲み下す。 「す、す みませ 俺、めいわく かけて‥」 「あー?んなもん今更だろー?」 お前気にしすぎ。 と鬱陶しげな態で逸らした目線のまま悪態をつくのに、三橋の頭に回した腕はより強く傍らの身体を引寄せる。 ぐずぐずと腕の下で鼻をすする音。それを黙って聞いていて、いつしかその音が葉ずれの音と同様自然に違和感がなくなるころ、榛名は居心地の悪さも、ともすれば腕の中の存在も忘れていた。 ふと我に返ったのは、耳元で啼いていた音がやんで暫くしてからだった。 「ん?」 先ほどとは違う、腕にかかる重み。 鼻をすする音に変わって聞こえててくる呼気。 ‥ってゆーか寝息? 「おい。ちょっ、待て。え?」 何故に、如何して、何があって? 「おま‥っ」 寝るなよーーーーーーーっ 二人だけの公園で、年季の入った雰囲気あるベンチに寄り添うように腰かけて(実際寄り添っているけども)、日も傾きかけてきたとなればこれはもう、 あたかも映画のラストシーン。 驚いて身じろぎしたために、支えのずれた頭が榛名の肩を滑り、新たに納まった膝の上で引き続き寝息を立てるのに為す術の浮かばない榛名が帰宅できるのはまだまだ数時間後の話である。 終 20050407 耶斗 |