03.神様、もう少しだけ ----------------------------------------------------- 傘を纏う様にして店の中に入った少年は榛名をみてあ、と 目を丸くした。 元はふわふわと揺れていただろう猫っ毛も、己と同様にぺ たりとはりついていて、白い制服は彼の肌を透かし見せて いた。 「よぉ」 「榛名 さん‥」 己の名を呼ばれたことに、おやと思ったけれど初対面のと きも名を知られていたことを思い出す。 「元気してたか?西浦のエース」 揶揄るように哂って傍まで寄る。入り口のドアから一歩も 動かないで己を見つめ続ける少年に首を傾げて見せると 「あ、お‥、 こんにち は」 恐縮したように慌てた様子で頭を下げた。 それに少々面食らいつつ、おぉと返して 「とりあえずもうちょい中入れよ。」 本人は気付いていないようだったが、開閉を繰り返す自動 ドアに店員が嫌な顔をしている。 「どうしたんだよお前。家この辺?」 そんなはずねぇよなぁと菓子を物色するふりをしながら訊 ねてみる。 「え、う、その‥」 何か言いにくいことなのだろうか、彼はもごもごと口を動 かして、やがて小さな声で告げた。 「バスの中で眠っちゃって‥気付いたらそこのバス停で‥」 ぶは、と息を吐き出して、堪えきれない笑いに喉をならし ながら榛名は腹を押さえてまた訊ねる。 「なんでバスになんか‥、練習あったのかよ?」 一瞬だけ詰まって、しかし既に観念してしまっているのか 今度は割かしあっさりと答えた。 曰く、 学校に着いたときに連絡が回ってきた。 今度こそ堪え切れない笑いに腹を抱えた。 そりゃ不幸。なんて災難。 けれど降ってわいた幸運に感謝する。 連絡を遅れてよこした彼のチームメイトにか、バスの中で 居眠りをこいた彼自身にか とにかく神様、もう少しだけ。もしいるのならもう少しだ け、この逢瀬の時間を長引かせてください。 台風の強い風は阻む踏切さえも吹き飛ばしてくれたようだ。 △back |