「誰これ、レン」

誰だはお前のほうだ




   チョコレートパフェとシナモンスティック




練習も大事だけど休息はもっと大事。ただし適度な、ね。
野球部顧問の言葉を受けて、久しぶりの完全休日となった
ある週の日曜日。
三橋廉は駅を乗り継いで元チームメイトにして幼馴染と会
う約束をしていた。


広い駅のホーム、掲示板の前で練習試合の後一度も会う機
会がなかった幼馴染を待つ間、三橋は何度時計を覗き込ん
だかしれない。幾度目かに時計に目を落とした時、ホーム
の床を響かせて走ってくる足が見えた。
「廉!」
ごめん、待った?
息を切らせながら、片手を拝むようにあげて、黒髪をはね
させた叶修悟が三橋の前に立った。浮かんだ汗を袖で拭う
叶に、緊張に顔をほてらせた三橋は何も言えないでいる。
「っても10分前なんだけどな。廉いつも早く来るから‥。
もしかして随分前から待ってた?」
心配げに覗き込む叶に、激しく首を横に振って
「う ううん。全然‥」
ばくばくとうるさい心臓をぎゅっと掴んで応える三橋に、
本当か?と揶揄うような目線をくれて
「じゃ、行こうぜ。俺新しいスパイク欲しいんだ。」
廉は?どっか寄るとこある?
酷く自然に、全く自然に差し出された手を、三橋は思わず
受け取って。それに嬉しそうに歯をみせて笑った叶は、三
橋の腕を引いて歩き出した。




叶はご機嫌だった。
ここ最近にない上機嫌ぶりは、彼を知る高校のチームメイ
トたちを混乱の渦に巻き込むだろう。一部の事情を知るも
のを除いて。その一部の者たちも、叶の現状に満足な笑み
を浮かべるかといえばそうではないだろうが。

とにかく叶はご機嫌だった。
なんといっても、ぎこちなく過ぎてしまった3年分のつけが、
今払われようとしているからで。ずっと近づきたくて近づ
けなかった人物の側に堂々と立てるからで。
過去の3年を思い出して胸が痛まないかと訊かれれば、痛ま
ないと応えられるはずがないけれど。たとえゲンキンだと
いわれても、叶は今の幸福を自ら手放すつもりはなかった。

叶はご機嫌だった。
叶はこの上なく、今日と云う日を幸福の象徴として味わっ
ていたのだ。いたのだ、けれど。
休憩をしようと三橋の腕を引いて入った喫茶店。
なんでアンタがいるんだよ。っていうかアンタ何様。な人
物が割り込んできた。





メニューを眺めて、腹の減っていた叶はパスタに即決した
が、三橋は困ったように眉を寄せながら、メニューに目を
走らせていた。しばらくそれを黙って眺めていた叶だった
がうろうろと落ち着きなく彷徨う瞳に、自分の手元にある
メニューに目を落として、あぁ、とそれを見とめた。
「廉、チョコパフェ頼みたいなら頼んでいいんだぞ?」
三橋の表情を窺いながらその写真を指差した。
「う、え!?な、なんで‥?」
焦ったようにメニューを取り落として、叶を見やった頬は
赤く染まっていて
「廉チョコパフェ好きだったろ?いつも外で食べるとき食
ってたから。」
それとも、もう好きじゃなくなってた‥?
と自信なさげな声が訊いたけれど、叶は内心的は得ている
と確信していた。
「う、ううん。すき‥た 頼んで‥いい?」
持ち直したメニューに顔の半分を隠しながら上目遣いに窺
う三橋に可笑しそうに笑って
「いいよ。何遠慮してんのさ。」
と促した。
後に続いた、子供っぽいかなっと思って、と相変わらずつ
っかえながらぼそぼそと呟いた声にも叶は嬉しそうに笑ん
だ。

それから注文した品がくるまでのあいだ、互いの近況など
を、叶が尋ね、三橋が応え、三橋が応えるのを叶が嬉しそ
うに聞いて、という叶を上機嫌どころか有頂天にさせる柔
らかい空気が流れていた。
そしてその空気は料理がきて、食べ終わって、また街にで
て‥
と延々続くのだと疑っていなかったのだが、先ほど云った
『あの男』が現れるのだ。





「誰これ、レン」と。





カランと、軽やかに響いた鐘の音は店の入り口が開かれた
のを教えるもので。ついで床板を鳴らす靴音が大きくなっ
ていくのは、店内に人が入って、かつ自分たちのほうに歩
いてくるからで。
そんなものはなんてことないもののはずだったのだ。
だってそんなことは店に入ってりゃ当然あることだろう?
それが叶の昇りきった幸福感を、ドン底に陥れる予兆だっ
たなんて。
誰が考えられる?

その男を知っているものであれば、あるいは予測できたの
かもしれないが。




叶たちが座っていたボックス席はちょうど通路の突き当た
りにあった。だからその道を歩いてきたならそこに座る人
間の顔をばっちり見られるわけだ。
近づいてきた足音が、方向転換せずに立ち止まったことに、
叶は楽しそうに三橋と語っていた顔を通路側に向け、予想
通り目に入った、従業員のものではない服に目線を上にず
らした。
その男と目があった瞬間、男が叶と目を合わせるのを待っ
ていたのかもしれないが、とにかく二人の目が合った瞬間、
その男は胡乱な目で叶を見下ろすと、次には三橋に顔を向
け打って変わった親しげな声で話しかけたのだ。
「よう。誰これ、レン」
と。

三橋はといえば、突然現れた人物と叶を交互に見やってい
たのだが、見ていたのは男の肩口辺りまでで、顔までは見
ていなかったらしい。それというのも、男の立ち位置が三
橋寄りだったのとその長身のためである。わざわざ見上げ
るような真似をしない三橋は、顔の見えない第三者と叶の
顔を見ていたわけであるが、その人物の声にぱっと顔を上
げた。
「あ、は 榛名、さん」
知り合いらしい2人に叶は眉を顰める。いや、三橋の友達な
ら叶だって嬉しい。転校して友人が増えたというのは喜ば
しいことだ。しかし、だ。

初対面の人間に見下すような視線を送る奴が廉の友達?

叶はおおいに納得がいかなかった。
しかもさんづけ。なんだってさんづけ。
「廉、知り合い?」
「あ、う うん。えと‥せ、先輩‥」
訊ねた叶は言葉を探すように言いよどんだ三橋に首を傾げ
た。
いやそれよりも、『先輩』と紹介された一瞬、男が軽く目
蓋を持ち上げてみせたのが叶は何故だか気にかかった。
しかし二人の仲を推測している内に、あろうことか男が三
橋の隣に座ろうと三橋を奥に詰めさせたのをみて
「ちょ、何やって‥っ」
と思わず腰を浮かせた。
そんな叶にあ?いいだろ別に、とたいへん高圧的な男の態
度はさらに叶の頭の中の何かを弾き、猛烈な抗議を開始し
ようと口が開かれたが、その空気を敏感に感じ取ったらし
い三橋が怯えるような目を向けたので一気に熱は下がり、
そのままぺたん、と椅子の上に戻った。
そこに丁度頼んでいたものが運ばれてきて、叶の意識はそ
のときだけ男からそれ、晴れきらなかった不穏な雰囲気も
霧散した。







叶はもはや、刻み込まれた眉間の皺の伸ばし方さえ忘れて
いた。

おい、お前。廉の先輩とかいうお前。廉の先輩っつーこと
は俺より年上なんだろーがテメコノヤロー。
なんだってもともとの同伴者を差し置いて、二人で会話に
花咲かせちゃってくれてんの。
さっさと消えろとまではいわねぇから、もうちょい周りに
気を使うっつー世の礼儀を考えるべきなんじゃあねぇの?


叶は非常に不機嫌だった。

目の前の二人は、方やチョコパフェ、方やコーヒーを片手
にまるっきり周囲を遮断してくれている。三橋はちょくち
ょく叶に目をやって、話かけようとするのだが、そのたび
に隣の男が邪魔をする。実に自然に。それも周りをまった
く視界にいれてないからできる技なのだが。だから、話を
ふられる三橋にとっては自然な流れであるが、その輪に入
れないもの、つまり叶その他のものにとっては不自然極ま
りないものなのだ。

叶は先ほどから他の客および店員から、ちらちらと好奇の
目を向けられているのに気付いていた。
それがさらに叶の神経を逆撫でする。
それよりなにより今最も現在進行形で叶を苛立たせている
のは

腕!椅子の背に乗せるようにして廉の肩を抱いてんじゃね
ぇ!!

ごく自然に後ろに回された男の腕である。
なにからなにまで自然にみえるこの男の仕草は、その実こ
とごとく不自然なものなのであった。




叶の不機嫌は最骨頂に達しようとしている。
いい加減三橋の腕を掴んで外に出てしまおうかと考えてい
たが、三橋の手元を見てはたと気付く
「廉、お前さっきからそれ減ってなくない?」
それ、とはもちろんパフェのことで。容器の半分ほどは減
っているのだがまだアイスも残っている。
「あ、し 舌、が 冷えちゃって‥」
「あぁ、それで休憩してたのかぁ」
他の人間がすればそうでもない行為も、三橋がするとなる
と何処か子供っぽい。知らず眉間の皺がとけ、頬も緩めた
叶は、男が己を非常に不機嫌な目で見つめているのに気付
いた。軽く顎を上げているその顔は、不遜以外の何もので
もなく。だが叶はそれが三橋の意識が己にそれたからだと
思い至って内心唇を歪めた。
「水も氷入ってるしな。ウエハースもついてなかったんだ
っけ。」
運ばれてきたときのそれを思い出しながら叶は尋ねた。
三橋はこくこくと頷いている。その様子に今までまとわり
ついていた嫌な感情が薄らいでいくのを感じながら、何か
舌を暖める方法はないかと考える。
手っ取り早い方法は暖かい飲み物を頼むことだ。近くにい
る店員を呼ぼうと手を上げかけたところへ
「廉、ちょっとこっちむけ」
またも自然な動作で、その男は三橋の顔を隠したのだ。叶
から。
頭で。





いや、ちょっと待てアンタ。場所考えろよ、向こうでお客
さん飲み物吹き出してんじゃん。それにも店員さん動けな
いでいるじゃん。つかアンタその席外から丸見え。いや、
そうでなくて。
え?何がどうでなくてそうなわけでこうなわけ?



どれだけの時間が経っただろうか。長いようでもあるし短
いようでもあるし。確実に店内の時間どころか外歩いてた
ひとの時間も止めてただろうし。俺様男が身体を起こして
から、コーヒーを啜るまでもその後も皆さま動けないでい
らっしゃったし。
廉も廉で、真っ赤になった顔のまま、先輩とか榛名とかい
う奴の顔見つめたままだったし。



「あ、あああああアンタッ!!廉になんてこと‥っ!」
それでも真っ先に我を取り戻しのは叶だった。荒々しくテ
ーブルを叩きながら立ち上がる。背中で椅子の倒れた音が
響いた。
それに面白くなさげな目を向けて、あ?と顔をしかめる男
に
「あ?じゃねぇよ!あ?っじゃ!!廉になんっつーふざけた
真似してくれてんだって言ってんだよ!」
叶の怒鳴り声に、店内の他の人間たちもそれぞれ現実に戻
ってくる。
「みてりゃ分かんだろぉ?暖めてやったんだよ、暖めて。」
挑発するようにべっと舌を出して云う男に返す言葉が見つ
からずわなわなと机の上、握った拳が震える。
「あ、あんた‥。‥‥‥ッ、廉!行こう!」
男の後ろに回り、二人の間に身体を割り込ませ三橋の腕を
掴んだ。
「おいおい、レンまだ全部食ってねーだろ。」
待ってやれよ。とやんわりと叶を押しやってから、今度は
直接三橋の肩に腕を回して引き寄せた。
「そんなのに構ってられないね、パフェなら俺が別の店で
奢ってやる。これ以上アンタの側に廉は置いておけないっ」
行こうと、放された腕をもう一度掴みなおそうとしたけれ
どしっかりと肩を抱いた腕は外れなくて
「行くんなら一人でいきな、ガキ。レンは俺がひきとって
やるよ。」
下から見上げているはずの目はそれに似つかわしくない迫
力でもって叶を哂う。
気おされたわけではないが、言葉が詰まって出てこない。
そんな二人の間でどうしてよいか戸惑っていた三橋だった
が
「あ、の 榛名、さん。」
遠慮がちに声を出した。
「お、おれ 今日修ちゃんとや、約束‥してて。それで‥
だから‥」
と最後の言葉を言えないでいる三橋に、云わんとするとこ
ろを汲んだ叶が勝ち誇った笑みを浮かべて
「ほら、廉は俺とくるって言ってるでしょ。手、放してく
ださいよ。」
掌をみせて、よこせと訴える。が、
「何言ってんの?お前。レンはお前を追っ払ってっていっ
てんだよ。」
アホかぁ――――ッ!!

「なんっだアンタそれ‥!!俺様ぶりにもほどがあるだろう!」
三橋も榛名の言葉に、顔色を青くしてまとまらない言葉を
発している。

「廉!はっきり言ってやらなきゃこのバカ男は分からない
よ!!」
「誰がバカだこの天パ!七三にしてから出直して来い!」
「言ってる意味わかんねーよ!」


喧々囂々。二人のやり取りは止むことなく、何事も起こっ
ていないかのように一種自然に各々の生活をおくる人々の
中続いた。
それをおろおろと見守っていた三橋のパフェがすっかり溶
けて、ガラスの表面に浮き出ていた水滴もきれいに乾いて
しまったころ、


「表にでろや天パ!」
「望むところだ禿げ!」
禿げてねぇ!!


第2ラウンドが開始されようとしていた。
店の従業員はほっと息をついたが、
表?表と云うとうちの前?
その想像にまたざっと血の気を引かせた。




掴み合いの喧嘩をする二人の横
三橋は既に失神寸前で、親切な通行人の方に支えられてい
た。









  終



遊んだ!(会心の笑み)
ハルミハ←カノでした。つかカノにゃん。
アベ絡みでもアベミハ←カノで‥‥‥‥‥当て馬?
暴言すんません!

結局収集つけてくれたのはお巡りさんだと思います。
(無責任)


 20040920  耶斗