<唐突な出会いに贈る7つのお題>

1 神さまの気まぐれ
2 奪われる
3 視界、遮断
4 時間を止めて、未来に別れを
5 予感
6 この手を取って
7 見出した結末

  配布元:水影楓花









1 神さまの気まぐれ



 それはまったく神さまの気まぐれ
 そんなものがいるのなら―――



 膝の上で眠る萱草色を見下ろして、冬獅郎は幾度目かの溜息を落とした。
 気がついたらこうなっていたのだ‥。
 やってもやっても、夜寝る暇もなくやりまくっても片付かない大量の執務を、5日目にしてようやく一段落させて。部屋の空気も吸っていたくないからとふらり外に出た足で、滅多に人がこないと立証済みの穴場へと向かった。
 緑の木漏れ日も目に優しい大樹の下で、ここ数日のうちに倍にも溜まった疲れを解消させようと不貞寝気分で寝に入ったのに。
「器用な寝方しやがって‥」
 木の根の間に身体を挟むようにして、幹に背を預け眠っていた冬獅郎の膝へ、何を思って何をどうやってこんな態勢で寝れるのか。
 人の片足を抱き枕に、足の間に眠る子供はこの上もなく穏やかな寝顔をしている。







2 奪われる



 奪われる、という恐怖が、期待に変わった瞬間は定かでない。
 もしかしたら同時のことだったのかもしれない。



 外見と実態の奇妙なリンクとギャップに、当初は戸惑っていたことを覚えている。
『乱菊さん‥あの人いつもあんなんなのか?』
 離れた場所から自分の影に隠れるようにしてそれを指差した子供を、彼女はまるで呆れた顔をして言いやった。
『あんたねぇ‥、何をそんなにオドオドすんのよ』
『オ‥!?オドオドなんてしてねぇよ!』
 その返事を彼女の目は全く否定していたけれど、かの男の副官である彼女は憐れむような眼差しをくれただけだった。
 子供の指差した廊下の先、向かいあってなにやら話し込んでいる2人の男。その片方を彼は示したのだが、もう一人の人物、護廷十三隊のうち今最も有名であると囁かれる六番隊隊長朽木白哉でさえ『あいつ』よばわりの不遜な子供が、その六番隊隊長よりも年若く、のみならず自身より若い外見の男を『あの人』などと敬遠して呼ぶ事実こそが彼の心情を表しているというのに。
 乱菊と並んで2人に目を戻していた一護を横目に見遣ると、照れを誤魔化すためにか唇を尖らせていて。思わず微笑ましさに唇をほころばせれば、敏い子供は直ぐに察して、責めるような顔をぱっと乱菊に仰向けると逃げるように踵を返した。
 呼び止める間もなく去ってしまった子供の残したものは引き結ばれた唇と朱に染まった幼い顔に、乱菊は堪えきれない可笑しさに困ったように喉をならした。
『どうしたんだ?松本』
 声に視線を向ければ小首を傾げて己を見上げる上司。思わず後ずさった。そんな乱菊を彼は探るような目で眺めていたが
『なんでもありませんよ、隊長』
 取り繕うように応えた乱菊から興味なさげに視線をはずした。彼の目はまだ訝るような色を覘かせていたけれど。長いは無用と彼女の先に立って歩き始めた。
 先の子供が去った方角。
 ただ、自分の隊舎に戻るだけのことなのに、まるであの子供を追いかけるようだと思ったのは自分の下世話な想像だと、乱菊はこっそりと苦笑した。


 隊舎の影で壁に背を預ける一護は息を切らせていた。
 何をこんなに全力疾走することがあるのかと我ながら呆れてみたりもするけれど、衝動のままのそれに理由をつけることは憚られた。名前など、つけなくていいことなのだ。
 後姿を見つけただけで逃げ出したい。
 横顔を目にしただけで隠れてしまいたい。
 目が合ったならもう、その場に立ってはいられない。
 そんな感情
 恐怖に満たぬ甘やかな情動
―――要らない
 整わない息に、じりじりと苛立ちを覚えた。


 恐怖と期待が交錯する。







3 視界、遮断



 柔らかな微風に夢の外へと手を引かれ、一護は己が戸外で昼寝を始めていたことを思い出した。
「うー‥‥‥っん‥」
 寝転がったまま大きく伸びをして、拳にあたった感触と、ついで自覚した背中の温い熱にはたと動きを止めた。
「目が覚めたか」
 上から覗き込むその男の存在を、彼はまったく忘れてしまっていたのだ。


「う‥っわあぁあああぁ!」
 軽い土埃も立てて芝生の上を滑った一護は、恐々とした顔で悠然と木に背をあずける男を見る。腕を組む彼はそれが面白くないという風に顔を歪めた。
「なんだよその面。お前が勝手に俺の膝を枕にしてたんだろ」
 面白くないというよりも納得いかないという顔だ。
 己自身先の状況に驚いたけれど、それより驚くとは何事か。ことの起こりはお前だろうと、冬獅郎は云いたくて、しかし一護の表情には溜息しか出てこなかった。
 重々しい長嘆にひくりと肩を揺らした一護は、事態を明瞭に知覚したようだ。
「あ‥お、俺‥‥アンタ‥の‥?」
 怖々といった態で己を指差さそうとしている子供に冬獅郎は伏せていた目を上げて、上目に彼をみた。
 しかしその視線にさえ怯えるような目をみせるから、冬獅郎は一体どうしろというんだ、と投げやりな気分で脱力する。
(疲れを癒すために睡眠を摂ろうとしたのに‥)
 余計に疲れてしまっては意味がない。というよりも全くの無駄だ。
「お前がなんでここにいたかは訊かねえがな。相手はちゃんと選べよ」
「わ‥悪い‥」
 あぁ、言い方を間違えたな。と冬獅郎は一護の声音に思った。
 そんなつもりで云ったんじゃないんだ。
 そんなつもり‥責めるつもりじゃあ‥
「違ぇよ」
「は?」
 苛々する。
 眠りを邪魔されたせいか
――――しかし眠れたことは眠れた
 寝起きが悪かったせいか
――――確かに驚きはしたけれど
 そうじゃない‥
――――あぁ、ダメだ‥。苛々する‥
 理由の分からない苛立ちを、説明しようと試みる余裕さえ今の冬獅郎にはなく
――――お前が俺にだけ、怯えるような顔をするから
 それはフェアじゃない。とやはり説明できない理由で、彼は深く考えないままに動く身体を許した。
「日番谷‥?」
 その声が、呟きのわりには近くに聞こえたことを彼は不思議に思えるほど自覚できなかった。
 視界は己の瞼で遮断され。
 子供の視界を遮断したのが自分の貌だなんて。
 唇の感触の心地よさにも、思考は働かなかった。


 だから確かく冬獅郎の目を覚ましたのは頬の痛み。
 殴打されたとしれる鈍痛。
 目を白黒させる冬獅郎を見下ろすのは顔を真っ赤に染めた萱草色の子供。
「‥‥‥‥っ、馬鹿野郎!」
 言い逃げた子供を呆然と見送った冬獅郎は、徐々に自分の行為を脳内に映し出して
「まずった‥」
 自己嫌悪に頭を抱えた。
(何やってんだ一体‥)
 説明のつけられない行為は絶対に為さぬものと決めていたのに。
 子供を追うべきか、情緒不安定を理由に寝直すか。
 彼は真剣に悩んだ。







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