信じられますちょっと? あの二人まだくっついてないなんて言うんですよ。 え?誰って‥あの二人ですよ。あーのーふーたーり。何変な顔してんですか。 酒の量増やさなきゃやってらんないですよ。 え‥?‥‥そりゃ‥そうですけど‥ でも、だってまどろっこしくて見てらんないですよ。苛々しますって。 これはあたしたち皆の意見でもあるんですよ。いえ‥誰もいいませんけど。皆大分まいってるのは確かです。えぇ、えぇ、保障します。絶対です。 うちの隊長があんな晩熟だなんて知りませんでした。 Trick & Trick 霊術院の頃から先輩後輩関係で親しいという檜佐木修兵と阿散井恋次、そして吉良イズルを廊下の端に見つけて一護はそれまで重たげに動かしていた足をとうとう止めた。浮竹十四郎の誘いを受けて、彼のもとへ行く途中だった。 浮竹十四郎はこの世界にまだ疎い一護へ助言をくれたり、一護の知らぬ情報を教えてくれたり、何くれと無く世話を焼いてくれていた。そのためか他の死神たちと比べ通う回数は多いかもしれない。すっかり茶飲み友達だと認識されるくらいには。 このままこの途を行けば3人に捕まることは必至である。そうなれば最後、近況だとか手合わせ(喧嘩)だとか見学だとか、方方へ引っ張りまわされた挙句最後には酒宴に持ち込まれる。以前付き合い程度にと、しかし呑んだのが拙かった。以来「いける口」だと顔を合わせれば飲み会の算段をつけられてるようになった。 しかし一護の逡巡の間に赤髪をひとつに結わえた男が一護に気付き、あろうことか元気に腕まで振ってきた。 「おーい、一護じゃねぇかー来てたのかー」 あぁ‥なんて無駄なまでの人懐こさだ‥ 人が良いのには違いあるまいが、時によってはそれも悪癖になりはしまいか‥。 それで3人が3人とも一護の姿を視認することとなり、浮竹さんとこに用があんだよ!とそんな一護の抗弁は当然の如く無下にされたのだった。 きっとこの後は酒盛りだ、と和やかに世間話を交わしつつ一護が警戒するのは、一護を拘束した3人の腰落ち着けた先がそう思わせるに十分な場所だったからだ。 例えば六番隊だとか九番隊だとか三番隊だとか、それぞれが勤める隊の詰所ならばそんなことも考えなかっただろう。なぜなら掟、規則に厳しい隊長だとか、平和思考の隊長のために随分と穏やかなものの考え方をするようになった隊員たちだとか、隊長が隊長だけに隊全体の性格が副隊長を模範にしていたりだとか。兎角一護にとってはこの場所よりも安全であるからだ。 今、一護の置かれている状況を鑑みるに、一護の望まぬ結果が訪れることは約束されたも同然だった。 だって既に酒瓶をもった死神たちが集まりつつある。 事有る毎に、事が無くとも、開かれる呑み会。その主犯格を前に一護は畏まるようにソファに座っている。イズルと恋次がその両脇に、一護を引き摺ってきた主たる男はその主犯格の隣に。主犯格―――隊長不在のこの部屋で、事実上執政権を掌握している松本乱菊。にこにことご機嫌よろしく咲うその顔に、一護は逃れられないと諦観の溜息を吐いたのだった。 1st Game 湖に浮かぶ孤島のようなその庵は名を雨乾堂といった。幼少より肺を患う十三番隊長の私室である。一日の殆どを寝て過ごす彼の部屋は安静を守るに相応しく細波の音が時折耳に届くだけだ。 心安き静けさが保たれるそこも、しかしながらこの日は常よりの静けさとは異を為す静けさで包まれていた。それは暴発寸前の火薬を抱くような、不穏な均衡であり、鏡のような水面さえ息を潜める不気味なまでの静寂だった。 それを作り出すのは十三番隊長浮竹と対座する一人の少年。庵の主人である浮竹は至って柔和な笑みをたたえているのに対し、彼は常の仏頂面にもう一口不機嫌を足した表情をしている。 十四郎と冬獅郎、名前の韻が似ているために顔を合わせれば食べ物を与えたがるこの男に引きずり込まれて、十番隊長日番谷冬獅郎はこの上もない不愉快を噛み締めていた。 「おい」 「なんだい?」 その如何にも善人といった笑み様が己の神経をさらに逆撫でしていることなどこの男は分かっていないだろう。冬獅郎は溜息が出るのをぐっと堪えた。 出された茶の氷は既に半分ほどが融けて、グラスの表面の水滴はそれぞれに流れて茶托に溜まっている。それをちらと見やって、冬獅郎はここに来てからどれほどの時間が経ったのかと記憶を辿った。そもそも冬獅郎がこの場所に座っている経緯は彼にとって実に不本意なものだった。 仕事中、表面上真面目に仕事をこなしている副官を監視しつつ筆を進めていた時である。馬鹿でかい挨拶と同時に開け放たれた入り口に瞠目すればそこに立っていたのはかの病弱な隊長を慕う三席の二人。何事かと質そうとした口は、しかし二人の勢いに気圧された。 『隊長が』だとか『取り急ぎ』だとか、とりあえず何事か緊急の事態が起こったことは口ぶりからも表情からも分かるのだけれど、大音声の二人は各自勝手に捲くし立てるものだから言葉は入り乱れ、打ち消しあって、全く意味が掴めない。兎に角己の机に両手を付いて力説している二人を宥めるため腰を浮かした冬獅郎を彼らは何と勘違いしたか 『有難うございます!』 とそれだけ異様にシンクロさせて体育会系のノリで頭を下げた。 根幹は人の良い冬獅郎である。そうなれば断ることも難しかった。 そうして傍目には本人の同意をもって『客人』は十三番隊へ赴くこととなったのである。そうして冬獅郎は着いた先で一応の礼をもって座し、しかし初めの挨拶以降微笑むばかりで一向に用を言い出さない浮竹に痺れを切らした彼は不機嫌を顕すように腕組みしている。棘のある視線も受け流す浮竹の口に運んだグラスの中で氷が軽やかに啼いて、開け放した戸口からは水の匂いを含んだ風が吹き入った。 「そろそろ俺を呼んだ理由を聞かせてくれてもいいんじゃないか?」 今までじっと待っていたのは相手の出方を窺うということでもあったのだけれど。暢気な態で茶を飲むばかりの男に果たして意図はあるのかどうか、疑わしさに漸く口火を切ったのだ。 沸点が低いとか気が短いとか云われたところでこちらにもやるべきことは山とある。これでふざけた回答でもしようものなら遠慮気兼ねなく座を立たせてもらう。大体これだけ待ったのだからそれも当然だろう、と声音に含ませたところで幾十幾百も年長の男は赤子をあやすような顔して笑ってみせるだけだった。 「うん。だからもう少し落ち着いてからだね、と」 現れた浮竹の部下に冬獅郎も戸口を見やる。欄干と湖を背景に一人の死神が平伏していた。隊長の側にいるのも用件を伝達するのもこの二人だと思われている三席の二人ではないことがこの時の冬獅郎には訝しく思われた。知らぬ顔であることは別段不思議なことではないけれど。頻繁に出入りする場所でも特別仲が良いわけでもないのだから互いの部下のことを知らぬも当然なのだけれど。冬獅郎は訝ったのだ。気が立っていた所為なのかもしれないが。 一言も発さぬまま垂頭し続ける男はどうやら浮竹一人にのみ用件を伝えたいらしい。浮竹は詫びるような視線を冬獅郎に向けた後男を呼び、冬獅郎の座す前で己の耳元へ囁かせた。 「分かった。行っていいぞ。あぁ、戸は閉めていってくれ」 最後に労いの言葉を添えつつ彼を行かせた浮竹は障子が閉まるのを視認してから、ややばかり困ったような顔で笑って冬獅郎に云った。 「どうやら呼んでいたもう一人の方は君の部下たちに捕まってしまったようだから、俺たち二人だけで話をするとしよう」 ということは来る予定だった誰かのために己は待たされていたらしい。理由だけでも云っておいてくれればよいのに、と思うが口には出さず、これでさっさと解放されると腰を据えなおした。解放されるのなら男の待ち人が誰だろうと、進行が身勝手だろうと目を瞑ろう。 「いいぜ。さっさと始めてくれ」 組んでいた腕は解く。準備万端さあ始めろと、しかし 「ところで冬獅郎」 説明に入るかと思いきや恍けたような声を出した浮竹に冬獅郎は思わず感情を顔に出した。腹を据えなおした矢先のことだ。肩透かしをくらった気分に手放そうとした不快さが戻ってくる。 「なんだよ今度は」 苛立ちのまま問えば 「最近君の周りで何か変わったことはないか?」 また訳の分からない質問だ。変化も不調も冬獅郎には身に覚えがない。 「ねぇよ」 溜息を堪えつつ重ねる会話は非常に心身から疲れさせる。はや、冬獅郎は席を立ちたくなっていた。 「それじゃあ君の友人だとか」 「ないな」 「知り合いだとか」 変わるところはあるのか 「ないな」 「うーーん‥単刀直入に云わなければ駄目かな‥? 君と、黒崎の関係に、何か変化はないのかい?」 息が止まるってこういうことだ。じろりと上目に睨みあげても今更効果のないことなど立証され済みではあるのだけれど。 気分の悪さに舌の根も苦い。 冬獅郎は胡乱に浮竹を見やりつつ、自嘲気に口を歪めた。 「つまり手前は‥、他人事にしゃしゃりでてお節介焼いてくれるってぇわけだ。だが残念なことに俺たちは手前の思ってるような仲じゃねえ」 くすんと鼻を鳴らして哂ってやれば、浮竹は相好を崩さぬまま 「けれど、君たちが互いに好きあっているを周知はとっくに感知しているよ」 感知してようとしてなかろうか、だからそれ自体が間違いなのだと、しかし言葉は出ずに。 「そんな顔をするんじゃないよ。君は正直にならなきゃいけない。 俺たちは、君ら二人のどちらも、泣くようなことは避けたいんだからね」 顔を合わせりゃやれ菓子だなんだと食い物を与えたがる頭のおかしな十三番隊長。そのお節介ぶり、寛容ぶりが 「いい迷惑だっつーの」 重苦しい溜息を吐き出しても冬獅郎が座を立つ気配は無かった。 「ここに呼んでいたもう一人ってのは黒崎のことか。ご苦労なこったな」 鼻で嗤うも気力のなさが表れたようだった。 「冬獅郎‥」 男の声は厭くまで笑んでいる。彼が心から己を心配してくれていると分かるから、冬獅郎はどうしようも出来ない己を嘲るしかないのだ。 「しかしそれではこちらとしても困るんだ」 「は?」 急に語調を変えた男の奇妙さに顔を上げた冬獅郎だったが、同時に継ごうとした言葉は盛大な障子の打ち払われる音で殺された。 振り向く際に掠めた男の表情は至極楽しげで、登場した人物を呆気に凝視めながら、彼の思惑に嵌ったと悟った冬獅郎は内心で舌打ちしたのだった。 Next→ |