5つの歳ネジはアカデミーに入学した。




 風切羽−役−




4つのあの年、言い渡された任務。
『あの子の傍にいること。』
それ以上はなく、あるとすればそれはナルト自身が求めるだ
ろうと老爺は云った。
そして一月の内十何日かは子供はそこにいないと教えられる
。
理由は明かされなかったが、それで理解しろということなの
だろう。
ネジはそれを了承した。

行く日日は火影側近の者によって伝えられる。それはどのよ
うにして決められるのか知らないが長く通ううちに大体の周
期は予想できるようになっていた。
月が膨らみ萎む、前後はするがその15日間、ナルトの元へ
通う。
アカデミーが始まり、昼の時間が取れなくなったネジはそれ
を夜にずらした。
母も何も言わなかった。ただ飯の入った重箱を渡し、弱弱し
く微笑むのだ。
いってらっしゃい。
あの小屋へ行く前は、アカデミーへいく昼のそれとは違った
調子でそう云う母を心持不思議に思いながら、幼いネジは山
への道を急いだ。
親の許すままにナルトと過ごすネジはそのままそこに泊まる
こともしばしばだったが、ただある夜だけはナルトがそれを
頑なに嫌がった。
ナルトの嫌がることをするのは本意でないネジは寂しく思い
ながらも快くそれを受け入れ、大分晩くなった山道を下りる。
それがあの日から習慣となったネジの生活だった。








6つの歳
これもまた恒例となった火影宅への訪問の際、ネジはその話
を聞いた。



任務を受け取った初見の日から、ネジはたびたび火影の屋敷
によばれるようになっていた。
その大本はナルトの様子を訊く為だったが、そのままネジの
近況から世間話に流れる。


火影の屋敷は広い。とにかく広いのだ。案内無しには火影の
待つ部屋へは行けぬのではないかと、案内の男の背を眺めな
がらいつも思う。
とおされる部屋は決まって奥座敷で、そこは何間も部屋を連
ねる襖をすべて開け放した一室、縁側の一部屋だった。そこ
に重厚な机を挟んで向かい合う。
屋敷のなかの火影はいつも目にする衣装は纏っておらず、遠
慮がちだが上品さを醸し出す軽装だ。もちろん笠も被ってい
ない。


ネジと案内の男が襖を開けるとき、大概火影は縁側に座り庭
を眺めている。だから初めは襖に隠れてその姿が見当たらな
いのだ。
火影さま?とよぶ男の声に、おう、ここだここだと応える声
があり、その声のした方へネジだけが背を押され、行く。
そうして顔を見せた老爺は柔和に笑んでネジを迎えるのだ。



運ばれた茶はまだ熱い湯気をたてている。
「お前ももう6つだの。どうだ?調子は」
煙管をぷかりとふかしながら火影はそう初めの言葉を紡いだ
。
「はい。修行は辛いですが、身になっていくのを感じるのは
楽しいです。」
あれから2年‥と火影は思う。この子にあれを任せて2年にな
ろうとしている。その間にこの子供は随分逞しくなった。今
もまだ6つという歳のはずだが、それに見合わぬ大人らしさ
を持っている。
それが逞しくもあり、また哀しくもあった。
「母は健在か?お前に兄弟はおらなんだな。だとすれば母を
支えるはお前1人。大切にしてやれよ。」
「はい、火影様。母も私も元気にやっております。」
それからしばし迷うように目を彷徨わせてから、あの‥と切
り出した。
「今日はナルトのことを聞かれないのですか?」
いつもなら、元気かとそう軽い挨拶のようなものを交わせば、
とりあえずナルトの話から始まるのだ。
「うむ‥それなんだがの。」

あの子をアカデミーに入学させようと思うのじゃ。

それを聞いてネジの心臓は小躍りしそうだった。
「本当ですかっ?それは!」
思わず身を乗り出してしまう。
ネジは火影の定めた期間中は自由にナルトと会うことはでき
るのだが、それ以外の日は全く会わせてはもらえなかったの
だ。いや、会わせてもらえないというと語弊がある。もとも
と火影を訪れるということが自由にできる身でもないため、
よばれるしかここへくることはできない。そのためナルトの
ことが気になっても、会いたくなってもそれを火影に尋ねる
ことができないのだ。
一度、ナルトはどこに住んでいるのかと訊ねたことがあるが、
それはうまい具合にはぐらかされて結局有耶無耶になってし
まった。
そんなナルトがアカデミーに入学する。つまり決められた日
以外でも上手くいけば会うことができるかもしれないという
のだ。
これほど嬉しいことはない。


「あれの入学を渋るものもいたが、尽力してくれるものが現
れてな。時期はずれたがなんとか近日中に上手くいきそうじ
ゃ。」
ネジの喜びようをみて、老爺も目元の皺を増やす。
「しかし、じゃ。」
急に神妙な顔になった爺に、ネジは喜びを喉の奥に落とした。
「それでお前に嫌な思いをさせるかもしれん。」
眉を寄せて、憂うような眼で老爺は云う。
「もちろんアカデミーでそんな思いはさせんと思うが、それ
が終わった後、授業が引けた後、学校の外であれをお前がみ
たらきっと嫌な思いをする。そしてあの子の秘密を知るじゃ
ろう。」
その覚悟がお前にはあるか?
その眼はあやふやな答でなく、明確な決心を求めていた。

ナルトの秘密?嫌な思い?
それがなんなのか問いたい気持ちはあったが、今返すべき言
葉はひとつ。
なにより、今更な火影の問いだった。
「もちろんです火影様。」
その応えに、老爺は満足そうに微笑んだ。



あの子供と離れることなど、露ほどにも考えられなくなって
いた。




 □  □  □




 風切羽−想−




ナルトと出会ってからの1年と少しの間を思い浮かべれば、そ
れは楽しい思い出としか思い出されない。
月の半分は子供たち2人だけで過ごすという、秘密めいた出来
事は常に彼の心を擽っていた。何よりそれが、絶望の淵に立
ちながらということ。今にも深淵へ落ちようというこの身を
留めてくれているのがナルトだ。


決して外に出ようとしないナルトを試行錯誤して連れ出すこ
とに成功するまでに半年の月日を要した。実際には月の半分
であるから3ヶ月というところだが、最初は凍てつく空気を
通して凛と光を落としていた月が、暖かい風に包まれ柔らか
い光で下界を包むようになっていたのだ。長かった、と溜息
をついても罰はあたるまい。


初めて共に見た月は望月から少し過ぎていたが、それでもネ
ジにはそれが望月だったといえるほど満足だった。その月を
みるに至ったのも、長く続くネジの説得にナルトが、明日な
らと折れてくれたからなのだ。
けれどネジは後悔し始めてもいた。
ナルトの顔は血の気が引き、外にでて、直接月の光に照らし
出されるそれは、闇に包まれる小屋の中で微かな光に浮かび
上がるそれよりも余計に病的だった。微かに震えているのも
繋いだ手を伝ってわかる。怯えるように月に挑む姿が、ネジ
にはなんだか悲しかった。
だからその手を強く握り締める。己の存在を示すよう、たか
だか空に一点穴を開けるだけの存在に負けぬよう、強く握り
しめる。冷たい掌に、自分の熱が移ればいい。そうしてその
瞳がまた柔らかく笑ってくれればいい。いつか…いつかまた
月を共に、穏やかに見れればいい。
その日は早々に小屋の中へ帰った。
無言で手を引かれるナルトの顔をちらりと窺って、また悲し
い気持ちになった。


しかし、ナルトはもう嫌だとは云わなかった。むしろまた見
れるかなぁ、と訊いたのだ。それはネジに気を使ってという
ものではなく、緊張の解けた面持ちで、純粋にもう一度みて
みたいとそう云っているものだった。
その言葉をネジはそのときの感動とともに思い出せる。
小屋に戻ってもしばらくは身体の震えが止まる事はなかった
が、握り締めたままのネジの手に、あたかも今気づいたとい
うように顔を上げると、ネジを確認してほっと息を吐いたの
だ。そうして徐々に頬に赤みが差し、掌に熱が戻った。
それからの一言だった。
もう一度みれるかなぁ、と。きらきらと、ネジの好きな碧い
瞳を輝かせて、ナルトは云ったのだ。
もう一度みれるかなぁ、と。
その言葉に、ネジは間髪をいれずに見れるよ!と云った。
明日もまた見よう!一緒に外に出よう!
ナルトよりもネジのほうが興奮して、頬を真っ赤に染めてそ
う云った。それに驚いたようにしていたナルトだったが、次
の瞬間にはぱぁ、と花開くように笑った。
その笑顔はそれまで見てきたどれよりもネジの心に残った。



それからネジとナルトは、ナルトの身体が調子の良いときに
だけ月見をするようになった。
何もなかった小屋にネジがもってきた茣蓙を地面にしき、そ
の上に座って、あるいは寝転んで月を眺めた。
互いの手を放すことなしに。
だからネジは月をみると、ナルトの手の感触を思い出すよう
になっていた。
手を繋いで寝転がる。草の匂いを嗅ぎながら月を見上げる。
二人きりの空間で、世界を独占するような錯覚。ネジとナル
ト、そして幾ばくかの自然。それが世界を構成する全てだっ
た。




 □  □  □




 風切羽 −待−




「火影様、あの子を役目に就かせておくのは反対です。」

「随分とはっきり言うのう」
灯の落ちた執務室。そこに現れた男の影に3代目火影は楽し
げに応えた。
「そうは言ってももう2年じゃ。あの子は立派に役目を果た
しているじゃろう?」
机の引き出しから煙草の葉を取り出し煙管に詰める。
「まだ1年と半年です。それに火影様…っ」
そこで一度迷うように言葉を切ってから
「あの子は…あれを外に連れ出したりも…ッ!」
「ほう」
それはますます愉快じゃと、皺を深めて笑う。煙管からはぷ
かりぷかりと老爺の心情を表すように軽い煙が吐き出される。
「何を落ち着いておいでなのですっ。これは由々しき事態で
すぞ…っ、あんなことを続けていればいずれは…」
「そこまで」
そこにまた別の男が現れた。
「火影様が何もお考えでないはずがあるまい。口を慎まれよ
。第一、火影様はあなた方の願いを十二分に聞き届けられて
いらっしゃるでしょう?」
さぁ、さっさと出て行け。と手を水平に払った。
それに何か言い返そうと口を歪めたが、結局は何を言わずに
男は消えた。一度、新しく現れた男を睨み付けて。



「火影様…」
「おぉ。で、どうだ?案配は」
男が去ったのを見届けてから口を開いた男に、火影は変わら
ぬ笑みで訊ねた。
「なんとか、いけるかと…」
「その顔は難しいというておるの。」
火影は笑っている。笑っているが、男を見つめる眼は真摯な
ものだった。
「正直…。しかしこれほど早くにアカデミーへの入学をすす
められるとは。私には」
理解できません。
男の正直な言葉に、火影は声を出して笑うと
「儂も正直こんなに早くコトを起こすとは思わなんだ。」
「は…?」
男の間の抜けた返事に、またふふふ、と笑うと男に背を向け
窓の外の月をみる。
「今宵は綺麗な二十七日月じゃの。いや、もう晦か?いずれ
にせよ、明日は晴れそうじゃ。」
良かったのぉ。とまた笑った。













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