それでも君への想いが2





媒介が見つからない。探し始めてどれだけが経った?
ぐるぐると同じところを回るのではない。つぎつぎに違う場所が現
れてまるで山中を歩いているようだ。
空間を移動させているのか。
それともただ目を覆って、幻覚を見ているような気にさせているの
か。
そのどちらとも知れなくて、ネジはイルカの実力に驚いていたが、
いまとなっては恐怖しているといってもよい。
ネジはまた、苛立ちにまかせて拳を打ちつけた。

落ち着かなければ、落ち着いて見極めるのだ。
そうすることでしか、この空間から抜け出せない。
ネジは深く息を吐いて、己を急かす不安を拭い去るように目を閉じ
た。
目が使えぬならそれ以外の感覚を
耳も鼻も 勘 も。





 □  □  □





続々と忍たちが山に分け入っていく。
その中の一隊になりながらシカマルたちも山へ踏み入っていた。
誰もが硬い表情を顔に張り付かせている。山に入る前、悔しげに拳
を片方の掌に打ちつける者もいた。
それだけこの里に溶け込んでいながら何故お前は。
問いたいのはネジにだけではない。

先頭を走っていたキバが振り向いた。
「結界だ」
木々の間を抜けたそこ、目に見えるほど膨らんだチャクラは赤く濁
っていた。







そこには既に多くの者たちが集まっていた。それでも初めに見た人
数より少ない。この圧力と気配に耐え切れず後援に回ったのだろう。シカマ
ルたちも身を刺すような圧力に負けそうになるのを必死に耐えてい
る。
結界を調べているのは特別上忍のエビス他数名だった。その後ろに
シカマルの師でもある上忍のアスマや紅が構えている。
「どうだ?エビス。」
髭面の師が訊いた。
「なんとも言えませんな。兎に角厚い。そればかりか向こう何重に
 も重ねられている。骨が折れますぞ。」
そう言って結界から離れたエビスは他の結界を調べていた者たちを
呼んだ。
「それでは今から我々が結界を解く印を結んでいきます。これだけ
 の人数しかありませんので少し時間がかかるかもしれませんが、
 ご容赦ください。」
そう言って頭を下げたエビスは仲間の者と解印の順番を話し合うべ
く背を向けた。

その者達の輪を眺めながら、紅は人差し指の背を唇にあてたまま口
を開いた。
「ねぇ、アスマ、火影様がおっしゃられたのは九尾の抹殺、もしく
 は再封印だったわよね。」
でもこれは…





だからさっさと殺しておくべきだったんだ!と声が上がった。
5代目火影の口が伝えたのは
九尾の復活
九尾は西の山に身を潜め、その力を解放しつつある、と。
「何故今までほおっておいたっ、またあの惨劇が繰り返されるのか!」
別のものが叫んだ。
彼を知らない12年前の体験者は口々に詰り始める。
けれど、彼を知る者は12年前を体験していようとしていまいと硬
く口を閉ざしていた。渦巻く心中は言葉を紡ぐことさえ許さないの
だ。そこに、
「ぐだぐだ言っててもしょうがねぇだろ!火影様の言葉が聞こえな
 かったか!すぐにチームを編成し山へ向かう!!」
急げ!と猿飛アスマが喝を入れた。
そうしてやっと場に静けさが戻り、各々準備のために散っていった。
けれどあの子供と特に関わりのあった者たちは火影の元に集まった。
「火影様…」
「何をしてんだい?お前たちも早くお行きよ。とくにアスマ。あん
 た発破かけといてぐずぐずしてんじゃないよ」
そういった彼女の顔は歪んでいて、笑っているようにも泣いている
ようにも見える。
彼を目にかけていたのは火影も同じであり、また彼女は彼が自分の
跡を継ぐのだと信じていた。
「お行き!」
その言葉に逆らえるものなどおらず、彼等もまたその場を離れた。

そうして最後の最後、シズネと二人きりになった彼女は、ようやく
火影の役を脱ぎ、一筋、涙を流したのだ。






紅は言った。
「この結界はあの子のものじゃない?」





 □  □  □





印を結ぶ手があった。

何度も何度も繰り返し、ときに別の印を組んで、ただひたすらに結
び続ける手があった。

狐、狐と呼ぶ声は絶えないけれど
うずまきナルトは死んでしまったけれど
こいつだけは出してはいけない。



そしてまた、新たな結界が重なった。







ふわり、とネジの目元を風が撫ぜた。
彼は木の根元に鎮座し、違和感の強い一点を探していた。
あるはずの無いもの、それがあるただ一点を。

そうしてやっと浮かび上がる、今まで隠れていた影の気配。
媒介などなかった。
人がそこにいるのだ。
ネジは疲弊した目蓋を持ち上げた。
そして見る。くだけた格好で幹に背をあずける、己の正面にいた誉
れ高い里の忍を。
「とーうとう見つかっちゃったかー。」
彼はその腕に海野イルカを抱えて、哂った。
「どういうことですか!?」
あまりの驚きにネジは思わず声を荒らげた。





 □  □  □





この人ねー、あいつと一緒に薬草摘みに行ったんだよ。
そしたらそこで襲われたらしくてね、抵抗したみたいだけど敵うわ
けないじゃない?
相手暗部だしさぁ。
イルカ先生あいつを守りながら応戦したみたいだよ。本当優しいよ
ね。
でもやっぱ敵わないからさ、すっごい深い傷つけられちゃって、そ
れみたナルトが逆上したらしいね。あんまり怒りすぎて、この人が
誰だかも忘れちゃったみたい。

とめようとしたこの人を、あいつ自身が傷つけたんだよー。




にこにこと、まるで相応しくない顔で語る男を、ネジは不可解なもの
でも見る目で見つめた。
「あなたは何故、そんなことを知っておられるのですか。」
声は上手く出せたのだろうか、この男が与える圧迫感に喉があえぐ。
「んー、どっかの勘違いした馬鹿がさー。『やっとお前の仕事が果
たせるぞ』なんつってわざわざ教えにに来てくれたんだよね。」
イルカ先生んちでくつろいでる俺にさぁ。
そんでそいつその場で殺しちゃった。


その後、イルカたちが向かったであろう山に駆けつければ、累々と
地に付す黒装束たち。絶命しているのはあきらかだった。
そんな中に一人、カカシの想い人。
「話はそれみて分かったね。それ以上の説明はなかった。」
そんで俺はこっちに隠れたの。あっちの山でことが起こるのは目に
見えてたし。イルカ先生の治療もしなきゃならなかったし。
「先生は…生きてらっしゃるのですか?」
「生きてるよ。この人も忍だし。中忍にしては腕たつし、急所くら
い避けますよ。」
当然でしょ、というふうに微笑むカカシにネジはまだ分からないと
いう顔をみせた。
「では、あれは、俺の前で消えて見せたのは…」
「あれ人型、ちょっとチャクラ込めすぎて原物に近くなっちゃった
けど。
この人の思念も入っちゃったみたいだから戸惑ったでしょ。」
なるほど、得心した。すべてはカカシの仕掛けたことだったのか。
ネジは深く息を吐いて、もうひとつ、と口を開いた。
「では、この結界も貴方のものなのですね。何故こんなことを?」

その問いにカカシはそれまでとは一変した、寂しそうに笑みを浮か
べた。





 □  □  □





イルカ先生がね、お前を止めてくれって言ったんだよ。
悲しげに笑んだまま、その男はそう言った。



もうだめだ、とそれは言ったのだという。
彼が最後の力を引き絞って施した術は、己の思念を写すもので。
イルカの身体を抱きかかえたとき、それは現れた。
景色を透かしながら泣いていた。

――俺はもう持ちません。だから貴方に頼みます。
ネジをあそこへ行かせないでください。
彼はきっとあの子を守る。
命令に背いても。
彼に汚名を着せてはいけない。
あの子が愛した子だから――

酷いよね。最後の最後になるかもしれないって時に恋人じゃない方
の心配するものなんてさ。
酷いよね。カカシはもう一度そう呟いて顔を俯けた。

そこに、イルカの目蓋がぴくぴくと震え、やがてゆっくりと持ち上
がる。
「イルカ先生っ」
「なに…無茶やってんですか、アンタ…」
泣きださんばかりにに歪んだカカシの顔をみて、イルカは呆れたよ
うに、か細い息を吐いて笑った。
驚きに開いた口を閉じれないまま、ネジは驚きをそのまま声にした。
「カカシ先生…治療術、使えたんですか?」
「いいや。俺のチャクラ送ってただけ。」
それだけでも、この人の回復力なら何とかなるはずだから。

なんという自信だろう。
またも呆気にとられたネジだったが、先ほどのカカシの話にどうし
ても合点のいかぬことがあった。
それで目覚めたばかりで、まだ辛そうにしていたけれどイルカに質
した。
「イルカ先生、貴方は何故俺があいつを守ることを汚名だなどと仰
 ったのですか。」






彼は光





 □  □  □ 





紅の言葉に,散ろうとしていたエビスたちをアスマは止めた。
「エビス、この結界のチャクラは本当に九尾のものか?」
「は…?私にはこのチャクラは狐のものにしか感じられませんが」
本当にそうとしか思っていないのだろう。エビスは訊ねたアスマに
そう応えた。
「この禍々しさはあの子供のものではないはずですぞ。私は一度修
行に付きあっておりますし、お孫様が気にかけておられる人間でも
あります。間違える筈がありません。」
初めは彼を厭うていたエビスも今ではその存在を認めていた。否、
認めざるを得なかった。数々の功績は、彼を木の葉の忍として認め
るに十分なものであったからだ。
手がかかるのは変わらないが。
「だがアイツは、あの狐のチャクラを引き出せるぜ。」
その言葉は別の任務が入っているはずのサスケのものだった。

「サスケ!早くてもあと半日はかかると思ってたぜ。」
シカマルが感心したように言った。
他の4人もまた驚いていたようだったが、サスケの登場はありがた
かった。力強い仲間が増えた、と緊張も少なからず薄らいだ。
「ところでサスケ、一人?」
チョウジの問いに
「あいつら途中で怖気づきやがった。今頃下で待機してるさ。」
この圧力に耐えられる奴ぁ限られる。


「それで?サスケ、お前はこれどっちのものだと思うんだ?」
シカマルたちの会話が一段落つくのを黙って待っていていたアスマ
が親指で具現化した結界を指しながら訊いた。
「十中八九あいつのだろう。狐が結界張る意味はねぇはずだ。」
さも当然とばかりに言い放つサスケはしかし、眉を顰めた。
「だが変だな。アイツの封印はこれまでにも解けかかったことはある
 が、それは狐のチャクラを引き出すための予備的なものだろう?
 何故今回は‥」
そうサスケが呟くのに、エビスが云った。
「しかし、九尾が長年封じられ続けていたチャクラを慣らしていると
 も」
「考えられなくもない、か。ところで、俺は火影様の話を聞いてねぇ
 からハッキリとは知らないんだが。命令は抹殺か封印なんだよな?
 抹殺思考の奴らが多いように思うのは俺だけか?」
サスケの言葉に皆がはっとなった。





「アスマ…」
数秒間の沈黙の後、紅が案ずるように云ったのに、あぁと頷いて
「参ったぜ、俺たちは大事なことを忘れていた。
 策の練り直しだな。迂闊に結界を破るとあいつを変に刺激する
 ことになる。」
アスマの言葉に誰もが頷いた。

だがそのとき、彼らから見えぬ所で、最初の結界が破られた。














       next











01・15・2005 加筆修正
耶斗