それでも君への想いが3 守るよ君を 一部が破られただけで、その一枚の結界はあっけなく割れた。まだ 何枚もその先へは続くけれど。結界が割れる気配にアスマたちは焦 った。 「誰だ!合図も待たずに結界に触った奴は!!」 エビスが怒りの形相を顕に結界の傍に立っているものたちを振り返 ったが、皆自分ではないと首をふった。 「だとしたらここじゃねぇところで勝手な真似してる奴がいやがん な‥。止めるぞ!」 言って駆け出したアスマに紅、エビス、以下のものがつづき、シカ マルらは逆方向から攻める、と駆け出した。 「不味いことになったな。」 苦々しげに口を歪めて言ったキバに 「あぁ、二分された。」 守るものと殺すもの シカマルが応えた。 「あいつを葬りたがってる奴はまだ大勢いる。」 そう言ったサスケにシカマルは、ヤなもんは重なるもんだよなぁと ぼやいた。 「シカマル、策はあるのかい?」 訊くチョウジに 「ふん‥、悠長に考えてもられねぇな‥。サスケ、シノ、森の中か ら援護してくれ。チョウジが先頭で俺、キバ、赤丸だ。 結界破ろうとしてる奴は一人じゃねぇだろうし、ほぼ間違いなく 中忍以上の実力持ってる。気合入れていくぞ!」 応!と皆が口をそろえて応えた。 □ □ □ 里に灯りはひとつもない。あるとしてそれは西の山に近い一角だけ だ。 ネジは山の登頂にある木の梢から里を見渡し。カカシに誘い込まれ たのは山をひとつ越えたところであったため、戻るのにわずかばか り時間がかかってしまった。 ネジは結界から出た直後から耳を覆いたくなるほど に強大な声が空を渦巻いているのに気付いていた。 吐き出してしまいたくなるほどに禍々しいそれは呪いの声だった。 カカシの結界は彼等2人の身を隠すためにネジを外に出した後、再 びつくられた。 結界の中の2人にもこの声は聞こえているのだろうか。 狐、狐と木霊するそれは人々の恐怖する声だ。 西の方角を確認すると、ネジは枝を蹴った。 狐、狐とその声は近づくほどに大きくなる。 3分の1は結界に、3分の2は攻防に。よくもまぁこんな短い時間に統 制されたもんだと舌を捲く。 もしくは、予期していたのか。 「お前ら…、何してんのかわかってんのか。」 アスマの押し殺した声が地を這った。 「とめるなアスマ。奴を滅す時は今しかない。」 応えたのは赤い髪の男だ。その男をアスマは知っている。同じ上忍 であり、あの惨劇に家族を亡くした。酒を酌み交わしたこともある 男だった。 「お前はあいつを知らなすぎる。あいつは殺していいやつじゃねぇ。」 「戯言を。抹殺命令はでているはず。」 「手を尽くせない場合だろう。」 アスマたちの前にいるのは階級入り混じったものたちだった。上忍もい れば下忍もいる。下忍といってもそれなりに年はいっていて、上に上が れなかったか上がらなかったかのどちらかだろう。 「おめぇにゃ悪いが、俺はあいつを守るぜ。」 「…戦うか?」 「望むなら。」 頷いたアスマに、赤髪は背に負った刀を抜いた。 「でかい結界だな」 赤い光が照らし出す木々の間をぬって走りながら、サスケが呟いた。 それを聞きとめたシノが後ろから応える。 「そして余裕がない。これでは破るのも簡単だろう。」 「でかいよ…」 シノの言葉が聞こえなかったのか、意識が向かなかったのかサスケ の目はただ結界の赤を映し出していた。 向こう側にいるはずのあいつの姿がみえねぇ。 サスケたちとほぼ平行にシカマルたちは走っていた。 当りを引いたな。 シカマルは密かに口を歪める。 アスマたちには悪ぃけど、アッチのほうが大変そうだ。 シカマルたちの目指す場所にはごく少数しか見てとれない。 どこかに潜んで罠をはっているとも思えないし。そんな余裕もない はずだ。 とにかく散って、多方向から攻めるつもりなのだろう。 はやくケリつけたいのはお互い様だろうしな。 シカマルは印を結んだ。 油断はしない。全力で攻める! それが何であっても、守りながら闘うというのは骨が折れる。 アスマはひしひしとそれを感じていた。 こちらは結界を傷つけるわけにはいかないのに対し、相手は隙在ら ば切り裂こうと試みる。紅たちも共に戦っているとはいえ手勢は五 分。自然一対一の戦いになった。 派手な術は使えない上に、離れるわけにもいかない。常に追い、常 に守る。明らかにアスマたちのほうが分が悪かった。 しかしアスマは接近戦を得意とする力技の忍である。分は悪くとも 徐々に押しはじめている。ふと視界に入った仲間たちはすでに幾人 か片をつけたようだ。手を出すか出すまいか迷っているのは、アス マたちの闘いに割り込める気がしないからなのだろう。それはアス マにとってありがたかった。例え2人の間が分かたれようと仲間だ ったことに変わりはない。決着は自分の手でつけたかった。 そうしながらも結界はまた一枚破られる。 くそ、シカマルの野郎しっかりやってんのかよ。 元部下を望むまま行かせたことを後悔してはいないが、やはり心配 でもあり、信用してもいるから毒づきたくもなる。 はやく片付けなければ。 「アスマ!」 木の根に足をとられ傾いだ視界に、黒髪の美しい女が瞳を見開くの がかすった。 当りと思ったらとんだ外れじゃねーかッ シカマルは目の前に対峙する人物に苦い顔をする。かなりの苦戦を 強いられた仲間たちは相当の痛手を負っている。シカマルも例外で はなく吐き出す息は荒い。 サスケ‥はどうなった?シノは‥ サスケ、シノもまた森の中で敵と対峙していた。如何せん術の相性 がいいとも悪いともいえない二人なため2人の先頭の場は随分と離れ ている。向き合った相手はそれぞれ1人だが、無事に切り抜けられ そうもないというのは相手の発する圧力で感じていた。 サスケはせせら笑う男にクナイを握りなおし、シノは油断はしてく れなそうな冷たい目の男に静かに攻撃を仕掛けた。 背にした森から聞こえる金属音にシカマルはそっと息を吐く。 どうやら2人はなかでやってくれているらしい。 結界に1人、守りに3人。少人数なことに今では納得できる。たい した自信とそれに見合った実力だ。シカマルの後ろにはキバとチョ ウジが構えているが、それもなんとかという状態だ。もはや1人で やるしかないだろう。これ以上の戦闘で2人が無事な保障はできな い。それをこの人物1人がしてのけたのだ。中忍以上上忍未満。そ してとびきり頭もいい。それに 「お前、奈良の男だね。」 赤い唇が笑みを象る。 「影使いの一族だ。」 手の内は読まれているらしい。警戒されてやりにくい。 「奈良一族の男は揃いも揃って腰抜けと聞くが、お前はどうだろう ね。」 「やるときゃやんのも奈良の男だぜ。」 あぁ、嫌だ。なんでこうもツいてない。 相手のきり始めた印を見て、跳べと後ろの二人に叫んだ。盛り上が りながら進み来る土の中から、鋭くとがった木の根がシカマルたち を襲う。 淡く光る結界に照らされたその人物。 女性不信になりそうだ。 短い髪を無造作に散らした彼女は影だけでも美しかった。 ぺっと口の中に溜まった血をはいて、アスマは口を拭った。木に凭 れたままずるずると座り込む。 「アスマ‥」 心配げに、けれどどこかとがめるような色を含んで女が訊いた。 それに応えずに、2,3メートル離れた場所に倒れ付した男の亡骸を みる。 「余計なこと考えないのよ?」 その声はわざと硬くしているのが明らかで、そうさせているのはア スマだ。彼女自身、同じ思いでいるだろうに。 このときばかりは情をもつという忍らしからぬ木の葉の生まれを恨 めしく思う。 「心配いらねぇよ。先にいけ。俺はしばらく動けそうにねぇ。」 幻術を主とする紅は後援向きで、共に戦う仲間がいればとどめは彼 らに任せる。だから彼女のチャクラはまだ余裕があった。 「シカマルたちが苦戦してるかもしんねぇし、この先にもまだいる かもしれねぇ。早く行け。」 もはや口をきくのも億劫そうなアスマに紅は唇を引き結び、こっく りと頷いた。 それでいい。 優しく微笑みかけて、アスマは目を閉じた。それに応えるように紅 は立ち上がった。 こちらに残されたものも後わずか。しかし相手側のリーダーはおそ らくアスマとやりあった男だ。 「エビス、動ける?」 「は、行きますか?」 それに頷き、他の者たちへ顔を向ける。 「動けるものだけついてきなさい。エビス、鳥は飛ばしてくれたわ ね?」 はいと応えるのをみとめて、今度はひとところに集められた動けな い者たちへ向かって言った。 「じき救援の者たちがここに来るわ。そうしたら傷ついたものは里 に連れて行ってもらって、残りは私たちのところへ向かうよう。」 人員を整えている暇はない。 紅はもう一度アスマを振り返ると、先に向かって駆け出した。 □ □ □ 西の山の麓に、方々に散っていた後援の忍たちが集っていた。その 中心は5代目火影。右肩に透けるように白い鳥をとまらせている。 「隊はフォーマンセルで5つに分ける。3隊は前方から、2隊は後 方に回り込め。妨害者は殺さず捕らえ、怪我人はその場でなるだけ の治療を施す。先にいった紅たちに追いつけよ。一隊は私の後ろへ。 正面から行く!」 作戦は変更された。うずまきナルトは保護。 そうして影たちは森の闇へと溶けた。 しかし影たちが消える直前、別の影が一足早く森へ踏み入っていた。 シカマルは乱れた息を整えていた。決着は未だついていない。相手 の放った術でいまや地面はがたがたで足場が悪いどころの話じゃな い。大樹も何本か傾いている。 「あたらしい地形でも作るつもりかよ。」 そうひとりごちながら、身を隠した幹から相手を伺う。 相手もそれなりに自分を認めているらしい。結界の開放に手は貸さ ないままシカマルだけに集中している。それでも結界の傍から離れ ようとはしない構えにシカマルは舌をまく。 さすが、自分に割り当てられた役目を完璧にこなすか。 場所を動かない相手ならば近づくことも可能だが、そうさせてくれ ない強さがある。近づけたとしても、いかにも小回りのききそうな 足はそうたやすく捉えられてはくれないだろう。 チョウジとキバは離れさせている。できるならば里へ降りろとも。 サスケたちの気配も感じられない。つまりは結界に向かう1人と、 対峙する2人以外ここにはいないらしい。援助は見込めない、か。 しかしシカマルは気づいていた。 相手に己を殺す意思はないということに。 また一閃、白刃が煌いた。それを寸でのところで避けすばやく枝を 移動する。すでに疲労は足にきていた。 シノの相手は剣の扱いに長けている。やりにくい相手だ、と思う。 シノは初めからまともに闘おうとはしなかった。相手が仲間のもと へ戻らぬようひきつける。それがもともとの命令であったし、それ 以上のことができるとも思っていなかった。ただ相手が己の意図に 気づかぬようそこそこの攻撃を与えながら徐々に徐々に引き離して きた。 しかしそれもそろそろ限界かと思う。相手は気づき始めている。身 を翻されたら終わりだ。きっと離れられるだけの距離というものを 初めから考えていたのだろう。そこがどこまでなのか。まだ越えて はいないだろうがじきそこに至るのは間違いない。 その線を越えてはいけない。そしてそれと同時に闘う覚悟を決めな ければならない。 逃げるだけが精一杯の相手だ。事を構えればどれだけもてるか分か らない。 それでも命は初めから懸けている。 一瞬だけ風が吹いた。 相手もそれを奇妙に思ったらしい、刹那だが気がそれる。 今まで自然さえもこの山の威圧に怯えるように風を凪いだものにし ていたのに、確かに己らが起こしたのではない風が肌に触れた。 その風が何なのか見当はつかなかったが、それは山の上へ向かって いるのだけは分かった。 ついで前方に同胞の気配がして、シノの身体が強張る。 仲間か、どちらの? 飛び移ったばかりの枝を蹴って、梢に身を潜める。後ろを追ってい た男も身を隠したらしい。そうなると新参者の正体が余計曖昧にな る。 どちらだ? 数メートル先で、それらもまた足を止めた。 next |