若い貌をした女が鉛筆片手に競牛新聞を広げるその部屋へ青年は弾むように駆け込んだ。
「ばぁちゃん、オレ旅にでるってばよ!」
「そうかい。いっといで」
「なんだよ。止めねぇの?」
 少しだけ拍子抜けしたように青年は問う。
「何であたしが止めるんだい。どうせ好きにするんだろうよ。
 あんたが留守の間はまたあたしが火影やっといてやるからいくらでもいっといで」
 面倒くさそうに新聞に顔を埋めたまま彼女はひらひらと手をふった。
「悪ぃなばぁちゃん。でもばぁちゃんしぶといから全然平気だな!」
「一言余計なんだよガキ!」
「ししし。
 んじゃ行ってくる!」
「あぁ」
 最後の応答は聞こえたのか聞こえなかったのか、少年は大手をふって再び扉から弾むように出ていった。
 派手な足音が遠ざかり、ようよう聞こえなくなったころ。今度は物静かな所作で彼女の付き人が扉を開けた。
「綱手さま。
 処理班の方々がお待ちです」
 沈痛な声に上げた綱手の顔もまた、色濃い影が哀しみを表すように沈み込んでいた。